16.暴露

「異常です。絶対に異常です!!」


 仕事が終わった後も白石はずっと俺に絡んできた。


「そもそも、詠唱を知らないって何ですか! 詠唱も知らずに無詠唱をやるとかあり得ないでしょう! 返せ! 私の古代語を学んだ時間を返せ!」


 そう言われても本当に知らないのだから困る。

 というか、促成栽培で俺を鍛えなきゃならないのだから、古代語とやらを学ばせる時間が惜しかったのだろう。

 後、俺が初手で見ただけで無詠唱ができたことから青龍が省略したのだろう。


「そう言われてもなぁ…・・・。俺が初手で無詠唱できたから師匠も教えてくれなかったんだ」


「百歩、いえ、1兆歩譲って、第一位階の魔法を無詠唱で出来たとしましょう! でも、それは第一位階だから出来るんであって、第五位階まで無詠唱でできるわきゃないでしょー!! 魔法舐めとんのかー!!」


 魔法舐めてるのかと聞かれると、正直いうと舐めてますという感想になってしまう。

 だって、数十年の研鑽が必要な無詠唱をあっさり習得できたんだから、そういう感想にもなろう。

 実際は俺のギフトのおかげなんだが、一応与えられた訳でもない俺個人の能力なんだから、この感想でも問題ないだろう。


 しかし、改めて考えるとチートだよな技能習得オールラーニング。これで剣技の方も完璧に習得できたら言う事ないんだが。


「まぁ、師匠の筋が良かったという事で」


「そんな訳ないでしょ! ダイヤ位階の魔法使いならともかく、サファイア位階の魔法使いがそんなにすごいわけない! 一体どんな手品を使ったんですか! 私にも教えろ下さい! 先輩に師事すればいいんですか!? 靴でも舐めれば良いんですか!? 今の私なら水を舐めるがごとく、先輩の靴を舐めれますよ!」


「いや、靴を舐めるのはちょっと」


 いきなりの靴舐め宣言にドン引きである。

 しかし、この興奮状態の白石は当分治りそうにないがどうしたら良いのか。


「それとも体で払えば良いんですか? 魔法の真髄が得られるならこの貧相な体ぐらい……!」


「時に落ち着け白石」


 俺はなんとか白石を落ち着かせる。こういう時精神を安定させる魔法とか使えれば良いんだが。

 あー、もうなんで戦闘関連の魔法しか教えてくれなかったのか。回復魔法ぐらい教えてくれよ。


 しかし、第五位階の無詠唱でここまで興奮するとは。第十位階を無詠唱で使えますとか言った日には発狂するかも知れん。


「なんですか、私だってそこまでスタイルは良くないですが、そこそこはあると自負してますよ!」


 ダメだ、全然落ち着かない。むしろヒートアップしてる。

 ヘループ、青龍ーー。


「ちょっと失礼しますよ。『サニティ』」


 俺の心の声が聞こえたのか、青龍が唐突に現れて白石に何かの魔法をかけた。

 サニティって正気って意味だっけ? 正気を取り戻させる魔法か何かか。


「あっ……、ふぅ」


 さっきまでの興奮がウソのように落ち着いた白石。やっぱりさっきのは精神を落ち着かせるような魔法か。


「す、すいません。取り乱しました。青木さんもありがとうございました」


「いえいえ、勇人が助けを求めていたようなので。私はそれを察しただけに過ぎませんよ」


 それは察し良過ぎだろ、とか、急に現れたのどう説明するんだ、とか色々突っ込みどころがあるはずだが、魔法で落ち着いた白石にはそこをツッコム気力はないようだった。


「すまん、せい……、師匠。助かった」


 あっぶね、今普通に青龍って言いかけた。呼び慣れてないからなー。普段通りに呼びたいがこれはどうしようもないな。


「いえいえ、このぐらいのことは。それはともかく、仕事の方はどうでした?」


 ひょっとしたらずっと見てたんじゃないのか? と思うぐらいのタイミングの良さだったから、ずっと見ていたのではないかとは思うが、まぁこれは白石の前でのアリバイ作りだろう。


「範囲魔法でかつ、魔法で一撃だったからな。思ったほど精神にはこなかったな」


「そうですか、朗報ですね。少なくとも魔法では問題なく殺せるという事ですから」


「そう言えば、それが目的でしたっけ。いきなりの無詠唱に驚いて忘れるとこでした」


 白石は落ち着いたのか、両指を合わせながら上目遣いでこちらを見る。


「で、急に人型を殺そうと思った理由はなんです? 兄さんは敢えて聞かなかったみたいですが」


「いや、俺も退魔師やろうと思ってな。妖を抵抗なく殺せるように──」


「わかりやすいウソですね」


 白石の射抜くような視線に思わずたじろぐ。いや、確かにウソなんだが、そんなに嘘がわかりやすいのか俺?


「そもそも、魔法を使って退魔師やりたいなら魔導教会に登録が必須です。でも、先輩は登録したくないんですよね? だったら、陰陽寮や大聖堂に所属することもできません。よって退魔師の仕事はできません。真宮寺先輩はこの界隈のことをもっと勉強するべきですね」


「う……」


 どうやら、俺のウソが分かりやすいのではなく、今まで得た情報から判断してウソと断定したようだ。

 ていうか、青龍にも指摘されたのにそこを忘れるとは、今回は完全に俺のミスだったな。

 ところで、大聖堂ってまた新しい組織が出てきたな。これも後で青龍に聞こう。


「さて、次の言い訳はなんですか? せめて、こっちの理由をちゃんと聞くまで私は逃すつもりはありませんので、そのつもりで」


「仕方ありませんね……。ですが、真実を話す代わりに貸し借りなしにしてもらいたいのですが、いかがでしょうか?」


「せい……師匠!?」


 おいおい、言うつもりか青龍。


「別に言っても構わないでしょう。むしろ、これで貸し借りを帳消しにできるなら安い物です。それに荒木市に住む者にとっても他人事ではないのですから」


「良いですよ。どうせこっちも大した貸しじゃなかったですから。それにしても先輩さっきから青木さんのこと「せい」って言いかけてますよね。それも秘密の一つってことですか? 気になるなー。どんな秘密なのかなー」


 こ、こいつ。子犬系後輩かと思ったらわりと黒いんだな。あの兄にしてこの妹ありってことか。


「分かった、青龍。話してやれ」


「ご随意に」


「は?」


 いきなり上下関係が逆転した俺たちを見て、白石の目は点になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る