12.階位

 結局あのあと、二人の酒盛りで1日が潰れた。

 二人が何を話していたのかは分からないが、時折すすり泣きの声が聞こえていた。何を話していたのか非常に気になるが、入ってくるな!と厳命を受けたので、わざわざ聞くのも憚られる。

 翌日晴れやかな顔をしていた青龍をいると、泣いていたのは青龍の方だったのかなという気がするが怖くて聞けない。


 っと、そうだ。昨日聞き忘れたことがあったのを聞いておかないと。


「そういや、青龍。お前が言ってたサファイアの階位ってなんなんだ?」


 朝食のパンにマーガリンを塗りながら雑談のつもりで青龍に話しかける。

 ちなみに姉ちゃんは朝早くに仕事に出かけた。まぁ、朝に会うことも滅多にないのでいつものことと言えばいつものことである。


「魔導協会はその貢献度や実力で階位が決められます。階位の名前は宝石の名前で表せられ、序列一位がダイヤ。序列二位がルビー、三位がサファイアと続きます」


「てことは三位なのか。あれほど驚いてたから一位なのかと思った」


「私は魔法はそれほど得意ではありませんからね。何らかの研究成果でも発表すればルビーに上がれるかと思いますが、魔導協会で成り上がるつもりはありませんので」


 魔法をメインに教えてくれるから、魔法得意なのかと思ったがそうでもないのか。武術もできるみたいだし、そっちの方がメインなのかな?


「仮に俺が入ったら、どの階位になるんだ?」


「あのメガネに取り込まれた場合は、最下位のカーボンスタートになると思います」


「カーボンって炭素じゃん。宝石かそれ?」


「カーボンも圧縮すればダイヤになるでしょう? そう考えると中々にシャレの効いた階位だと思いませんか? まぁ、設定した当初はそんな意図はなかったのでしょうけど。偶然が生んだ妙ですね」


 そう言われてなるほどと思った。

 確かに魔導協会って成立古そうだもんな。設定当初はそんな価値のない炭を最下位に設定したが、自然科学が発達してダイヤの原料になってしまったわけだ。


「勇人様が実力をつけて、私が推薦すれば最低でもアメジストの階位でスタートできるでしょう。別に階位にそこまで執着はないのですが、どうせ入るなら高い方が良いに決まってますからね」


「アメジストの階位が分からんのだが」


「アメジストは第六階位ですね。ちなみにカーボンは第八階位です」


「二階級特進ってわけか。なんか殉職しそうだな」


「勇人様は死なせませんよ。絶対に」


「お、おう」


 不意に真面目な顔で守護宣言をしてきた青龍に俺はそう返す事しか出来なかった。残りのパンを牛乳で流し込み、俺は学校に行くことにした。



  ※ ※ ※ ※ ※



「そういや、青葉とか白石の階位って幾つなんだ?」


 俺は放課後、校舎の最上階の踊り場で周りに誰も人がいないことを確認した上で青葉にそう尋ねる。青葉と一緒にいるのは、宗玄さんに言われた依頼を断ることの言伝だが、階位の話を朝にしたのでそっちの話も気になったのだ。


「俺はカーボン。まぁ、まともに魔法使えない俺だと協会で階位をあげるのは不可能に近いからな。ま、ハナから階位を上げるつもりもないんだが。宗玄は、アメジストだな。一応管理職だから、このぐらいはある。ひとみの奴は、このまえトパーズに上がったって喜んでいたな」


「そのトパーズが分からん。アメジストより上なのか?」


「アメジストの一個上だ。しかし何が急に聞いてきて。師匠に探ってくるようにでも言われたか?」


 つまり、白石はこの前までアメジストだったと。多分、生来の魔法使いである白石がアメジストで、この前ちょっと魔法をかじっただけの俺がそれと同等の階位につけるってやばくない? 青龍は俺をどれだけ魔改造するつもりなのか。


「いや、単なる興味だよ」


 しかし、この階位だとそりゃ青龍のサファイアは驚きだよな。青龍って見た目はかなり若いから尚更だろうな。


「あー、で、青葉。宗玄さんのこの前の話なんだが……、ちょっと師匠に怒られてな、正式にお断りさせてくれないか」


「おう、宗玄に伝えとくわ」


「随分とあっさりだな」


「そりゃ、雇いたいのは宗玄の方だからな。俺としてはどうでも。というか、金は入るがつまらん仕事だぞ? 仕事でも割り切らんとやっていけんよ。金がどうしても欲しいってんなら別だが、そうじゃないならやらないのは正解だと思うぞ」


「それでも大金なんだろ? 俺としては羨ましい限りだがな」


 まぁ、青龍曰く俺を取り込むための囲い込みの一環らしいからそう軽々に受けられないのも事実だが。


「大金ねぇ。まぁ、大金っちゃあ大金だが、俺あんまり金使わないしな。貰っても仕方ないというところはある」


「羨ましいねぇ」


 やっぱ、金持ってるやつは言うことが違いますわぁ。おのれブルジョワめ、金持ってるならおごるぐらいしてくれたらいいのに。


「話はそれだけか、真宮寺」


「おう、伝言の方は頼むわ」


 それだけいうと、俺は踊り場を後にした。さぁ、後は帰って訓練だ。



   ※ ※ ※ ※ ※



 俺は気がついたら家の庭で徹底的に打ちのめされていた。おかしい、普通に武術の訓練をやるはずだったのに、なんで俺は木刀を持たされて徹底的に打ち込まれたのか。


「その程度ですか、勇人様。体を動かすことは得意ではなかったのですか? これぐらいの打ち込みは避けてもらわないと困ります」


 無茶を言うな無茶を。普段の青葉の不意打ちなら完璧に回避できてる俺だが、青龍の打ち込みは次元が違った。

 まずもって太刀筋が一切見えない。青龍の木刀が一瞬ブレたと思ったら俺の体に木刀が刺さってる状態だ。

 一瞬すらない、モーションとインパクトが同時にしか見えない剣戟をどうやて避けろと?


「無茶を言ってくれる。ちょっと速すぎだろ。全く目で追えなかったぞ」


「ふむ。反射神経を鍛える方が先ですかね? しかし、見聞きしたものを習得できると言う割りには、私の剣術を習得できてる様子がありませんね。まぁ、私も剣術の全てを披露しているわけではありませんので、その関係かもしれませんが」


「そこら辺の条件は不明だな。魔法みたいにわかりやすい技みたいなのがないからな」


「まぁ、技ならなくはないですよ。型なんかを覚えて貰えば一応それが技です。防御の型もありますが、防御の型はまぁ後回しでいいでしょう。ですが、極端な話、檮杌とうこつ相手だけを考えるなら勇人様は防御を考える必要はないのですけどね」


「え? それどう言うことだ?」


 俺は木刀を杖代わりにして立ち上がりながら、青龍の話の続きを促す。


檮杌とうこつの攻撃は全て私が受け止めればいい話ですからね。勇人様は攻撃に専念していただければいい」


「いや、相性の問題で戦えないんじゃなかったのか?」


「戦えないのではありません。勝てもしない負けもしない、です。そしてそれは相手も同じなのです。ゆえに私が肉盾になることは可能です。私が奴の攻撃の全てを引き受けます。勇人様は相手の隙をついて一撃。そう、一撃を入れてくれればそれでいいのです」


「一撃か。やっぱ一撃必殺じゃないと具合悪いか?」


「まぁ、それが理想ですね。檮杌とうこつは勇人様のことを舐め切っているでしょう。それゆえ、初撃こそが最大のチャンスです。ゆえに今よりももっと上の階位の魔法を覚えて貰えば安定感が増しますね。まぁ、位階が上がりすぎると今度は規模が大きくなりすぎて迂闊に放てなくなるんですが」


 第五位階のエナジーバーストの時点で割と広範囲魔法だったしな。それより上となると推して知るべしか。


「ま、防御に関してはこのぐらいでいいでしょう。私が標準と思ってもらっても困りますが、これぐらいの攻撃を防御できるようになれば、おそらくは大半の相手に対して優位に立てるでしょう」


 今までのは防御の練習だったのか。と言うか、木刀で受け止めることすらできない訓練で果たして防御力が上がったと言えるのか。まぁ、殴られまくったから打たれ強さは上がったかも知れないが。


「では、次は攻撃の型を学びましょうか。本来なら武術の稽古に入る前にランニング、筋トレなどで基礎体力、筋力をつける必要がありますが、今回はそこまでやっている暇がないのでいきなり実践と行きます。基礎体力作りは檮杌とうこつを倒してからにいたしましょう。では、型をお見せしますのでよく見ていてください」


 そう言って、青龍は木刀を構えゆっくりと動き出す。さっきまでの無茶苦茶なスピードではなく非常にゆったりとした動きだ。俺にわかりやすくゆっくり動いてくれてるってことかな。青龍のその動きを見た時、カチッと頭の中で何かハマる感覚がした。うん、これなら出来そうだ。そんな感覚がする。


「こう、か」


 青龍の動きを見たままに再現する。青龍は満足そうな、しかし同時に不満そうな顔をする。


「動きは完璧ですね。欲を言えばもう少しスピードが欲しいところですが。では、あと数個型をお教えしますので、私の方へ打ち込んでください」


 何個か型を教えてもらったあと、いよいよ実践となった。


「行くぞ!」


 言うや否や、青龍の方に切り込む。青龍はそれを避けずに木刀で受け止める。

 て言うか、全力で打ち込んでもいいんだよな? あの速さを見る限り実力差は明白だし、どうせ俺の攻撃なんて当たらないから全力出していいよな?

 そう思い、今度は体重を思いっきり乗せて型の動きに合わせて全力で打ち込んだ。

 しかし、それもやはり木刀で防がれる。それを何度か繰り返したあと、青龍から制止が入る。


「そこまで! なるほど、よくわかりました」


「何が分かったんだ?」


「ギフトの影響でしょうか、勇人様は型の習得は完璧でした。ですが、型と型の間、構えてから次の攻撃に移るときなどの動きが全くなってません。打ち込み自体は大変鋭いのに、その次の打ち込みまでの動きがど素人そのもので、大変チグハグです。これでは実戦には堪えませんね」


「う……。じゃあ、解決はどうすればいいんだ?」


「それこそ経験を積むしかありませんね。稽古を続けていればどういう動きが最適なのか自ずと分かるものです。しかし、これでは確実に檮杌とうこつとの戦いには間に合いませんね。武術の方は片手間でやる程度といたしましょう。さしあたっては魔法の習得ですね。こちらの方をメインでやっていくことにしましょう」


「とすると、今夜からまた夜更かしか。流石に連続はしんどいぞ?」


「そこは体調と相談しながら、ですね。では、しばらくは稽古と行きましょう。また打ち込んできてください。今度は色々指摘しながらやりますので」


 その後、ひたすら打ち込んだが、やはり青龍には一打すら当てることは出来なかった。

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