11.真宮寺彩音

「せいっ……、し、師匠。なんでここに……?」


 あっぶね。いきなりすぎて、青龍って呼んでしまいそうになってしまった。

 青龍以外の呼び名したことないから、呼び名がすぐに浮かんでこなかったが、ここは師匠と呼ぶことにした。

 師匠なのも実際間違いないしな。


「いえ、勇人さ……、勇人がピンチのようですので師匠として駆けつけた次第です」


 こいつ勇人様って言いかけたな。まぁ、俺も青龍って言いそうになったしここはお互い様か。

 青龍は優雅に一礼をすると、ここにいる面子に向かって挨拶をする。


「魔導協会の皆様初めまして。わたくし、青木葵と申します。魔導協会サファイアの階位を戴いてる一介の魔法使いでございます。ここにいる勇人の魔法の師をしております。以後お見知り置きを」


「サ、サファイア!?」


 青龍の台詞に白石──これじゃ区別つかんな、妹のひとみの方だ──が、驚愕の声を上げる。

 俺にはサファイアの階位とやらがどんなもんか分からんが、白石の驚きようからするとかなり高位なんだろうなというのは想像が付く。

 他の二人も声を発することはないが驚いているようだ。

 流石に、この空気の中で「サファイアってどれくらい偉いんだ?」とは聞けない。俺だってそれぐらいの空気は読める。


「これは驚きですね。サファイアの方でしたか。しかし、それにしてはお名前をお聞きしたことがないのですが?」


 宗玄さんは眼鏡を光らせながら青龍にそう問いかける。なんか、宗玄さんって陰険メガネって言葉が似合いそうな人だよな。腹黒そうだし。


「あなた方のような若い魔法使いなら知らなくても無理はありません。ここ10年は活動してないし、勇人以外の弟子も取っていませんでしたしね。疑わしいなら協会本部に確認をとってもらっても結構ですよ。まぁ、ひょっとしたら階位は下がってるかもしれませんが」


 まぁ、物理的に封印されてたからな。そりゃ活動なんて出来んわ。

 いや、この場合は魔法的に封印の方が正しいのか。


「なるほど。まぁ、この場は信じるとしますよ。後で確認は取りますがね。しかし、サファイアを自称するだけのことはありますね。隠蔽結界もあったこの部屋に音もなく入ってくるとは」


「私も全然気づかなかった……。ていうか、いきなり現れたようにしか見えなかったんだけど、転移の魔法?」


 白石兄妹の言葉に色々とツッコミたいところではあるが、この場は青龍に任せることにした。

 というか、青葉のやつはさっきから黙ったままだな。俺にはもう関係ないってことなんだろうか。


「ご想像にお任せしますよ。さて、では帰りますよ勇人」


 そう言うが早いが、俺の腕を掴んで立ち上がらせる青龍。


「え? ちょっと待って師匠。まだ、ここで話を──「必要ありません」」


 有無を言わせぬ口調え断じると俺を引っ張っていく。ていうか力強っ! 下手したらそのまま引きずられそうなんだが。


「あー、まぁ、すまんが師匠がご立腹のようなので二人ともまたな!」


 とりあえず、白石と青葉に挨拶だけすると教会を後にする。



    ※ ※ ※ ※ ※



しばらく引っ張られるままに引っ張られ、とうとう自宅にまで来てしまった。


「ここまで来れば大丈夫でしょう」


 そういうと青龍はようやく俺の手を離し、部屋に腰を落ちつける。

 しかし、ここに来るまでずっと青龍に手を引かれて歩いていたために、周りの視線が痛かったこと痛かったこと。知り合いに会わなかったのがせめてもの救いか。


「あー、青龍さん。ひょっとして俺らの会話全部聞いてた?」


「えぇ、勿論聞いていましたとも。ダメですよ勇人様。お金目当てに協会に取り込まれるようなことがあっては」


「いやでも、フリーの魔法使いとしての依頼って」


「そんな訳がないでしょう。勿論最初のうちはそうでしょうが、そのうち外堀を埋めていって、逃げられないように取り込むのです。勇人様がバイトすること自体は邪魔しませんが、アレはダメです。恩と金で縛ってとり込みに来ます」


「うへぇ……」


 やっぱ、あの宗玄さんのあだ名は陰険メガネで決定だな。


「どうせ所属するなら、もっと勇人様の価値を高めてからです。勇人様のギフトを持ってすれば、古代魔法の最高位階である第十位階の魔法すら使えるでしょう。それぐらいに己の価値を高めてからこちらから売り込むのです。少なくともあの眼鏡に任せるよりはよい地位を約束できますよ」


 おっと、こっちはこっちで腹黒いこと考えてた。


「協会に所属することに否定的だったような気が」


「確かにあまりメリットはありませんが、所属しないことによるデメリットもありますからね。それにどうせ逃れられないなら、いっそのこと価値を高めてから、という話です」


「まぁ、青龍の方針はわかった。今度正式に断ることにするよ」


「そうして下さい。それで、今日はどう致しますか?」


「ん? どうするって何を?」


「特訓するか、しないか、です。時間が余りましたしね。昨日の夜更かしがこたえてるなら明日でもいいのですよ?」


「あれ? 夜中にするんじゃないのか?」


 前の特訓は夜中だった気がするんだが。


「あれは魔法の特訓だからです。ですが、武術の特訓なら別に人目をはばかる必要はないでしょう? 庭でも使ってやってしまえばいいのです」


「あ、そうか。今日は武術の日って言ってたな。わかった、やろうぜ。あれぐらいの夜更かしどうってことないしな」


「流石若いですね。では庭に。ビシバシしごいてさしあげますので」


 武術の特訓をするために、青龍と庭に出ると珍しい人物がそこにはいた。


「あれ、姉ちゃんじゃん。帰ってたのか」


 そこに居たのは俺の姉、真宮寺彩音だった。

 両親が既に他界した俺を女手ひとつで育ててくれた自慢の姉だ。だが、仕事が忙しいのか、滅多に家に寄り付くことはなく、ちゃんと面倒を見てくれたのは俺が小学生の時分だけで、中学生にもなると、ほとんど家に金を入れるだけの存在と化していた。

 ちなみに、姉ではあるが年はかなり離れてる。俺の両親ハッスルしすぎだろとは思わないでもない。

 前述の通り、滅多に家に寄り付くことのない仕事人間の姉であるため、家にいるのは大変珍しい。


「ん、勇人か。そっちにいるのは……、久しぶりだね」


 姉ちゃんは青龍の方を見るなり、ただポツリと一言だけ口にした。

 冬美も姉ちゃんも知ってるってことは、やっぱりこいつは俺の昔の関係者で間違いないのか。いや、今更疑うわけじゃないんだが、確認というのは大事だからな。


「お久しぶりでございます、彩音様。この度は遅参いたしまして申し訳ございませんでした」


「遅参って、別に遅れたわけじゃないだろ? 定刻通りだよ。しかし、そうか、もうそんな時期なのか……」


「はい、およそ1ヶ月後になります。その段に起きましては──」


「今度は勝算はあるのかい?」


「はい、今のペースならば問題なく。弟君は優秀でございますね」


 おいおい、この会話って……。流石にこの会話の意味が分からないほど俺は馬鹿じゃないぞ。つまり、姉ちゃんは全部知ってるってことで。


「姉ちゃん、どういうことだよ……?」


「お前の思っている通りだよ。ま、とは言っても私は異能者ってわけじゃないけどね。ただ、そういう連中の相手をよくしてきたから、そっちの事情に詳しいってだけさ」


「勇人様。彩音様は昔の檮杌とうこつとの戦いの折にも私と一緒に戦ってくれたのですよ」


「えぇー。姉ちゃんが、マジかよ……」


 思わず、うちの姉が戦っているところを想像した。

 うん、似合わないな。どういう戦い方をしたのか知らんけど、うちの姉ちゃんには戦いってイメージがない。

 いや、おしとやかや清楚とかとはかけ離れたお人なんだけど、それでも戦う姿のイメージがどうしてもわかない。


「ま、霊的素質のない私の攻撃だ。傷一つつけられず、足止めが精一杯だったけどね」


「しかし彩音様。一つお伺いしたいことが──」


「私の可愛い弟をこんな裏稼業に引き込みたくなかった。くだらない親心さ。今となっては無意味どころか悪化する原因になっちまったみたいだけどね」


「──そうですか」


 それっきり二人は黙ってしまった。

 えーっと、これはあれか。青龍は、何故俺に檮杌とうこつのことを教えなかったって聞きたかったのか? で、それに先んじて姉ちゃんが答えた、と。


「ま、過去のことはこれぐらいしておこうか。よし、葵飲むぞ、付き合え」


「は? いえ、しかしこのあと勇人様との訓練が」


「今のペースなら問題ないんだろ? 一日ぐらい潰れたって平気さ。おう愚弟、つまみ買ってきてくれ」


 そう言って、俺に5千円札を投げると、青龍と肩を組んで家の中に消えていった。

 パシリかよ!

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