6.ヤバイ現状

「まぁ、姿をくらましてた理由は分かったわよ。まだ、イマイチ納得は出来てないけど勇人のためだったっていうんなら、怒るに怒れないし……」


「弁明を聞き入れて頂きありがとうございます。そして、今まで勇人様を支えてくださり本当に感謝しております。ありがとうございます冬美様」


 そう言って、青龍は再び冬美に対して抱拳礼をとる。


「べ、別にこいつの為じゃないし……。勇人のお姉さんに頼まれただけだし」


 青龍に礼を言われて照れくさかったのか、ツンデレな態度をとる冬美。

 ツンデレは今日日流行らないぞ、冬美。


「あぁ、だから俺の記憶はご神木から始まっていたんだな……。青龍……と檮杌とうこつの戦いを見てショックを受けたか、青龍がいなくなったことにショックを受けたのかはわからないが、そのタイミングで記憶喪失になったことは間違いなさそうだ」


「できれば後者であってくれれば嬉しいですね」


「このタイミングでそういうこと言うかね」


「ふふ、冗談ですよ」


 そう言って、青龍は初めて笑顔を浮かべた。俺が彼女のことを忘れてしまっていたとしても敬愛する主人との会話はやはり楽しいのか。そう俺が思うぐらいは自由であろう。


「あー、そういえばさっきの話で一つ気になることがあったんだが」


「なんでしょう?」


「さっき、自分もろとも檮杌とうこつを封印したって言ってたよな? じゃあ、青龍の封印が解けたってことは、その檮杌とうこつの封印も解けるってことじゃあ」


 俺の指摘に、冬美もそれに気づいたのか、ハッとした表情になり、二人で青龍の方を見やる。

 しかし、青龍は笑顔でそれに答える。


「大丈夫ですよ。確かに封印は解けますが、同時に解けることはありません。封印の際に私の封印が解けてから1ヶ月後に解けるように設定しております。すぐにどうこうということはありませんよ。それに解けたところで、勇人様がちゃんと成長なさって今日まで鍛錬してこられたのなら檮杌とうこつなど恐るるに──」


 そこまで言って、青龍は自分の言ったことに気づいたのか、ギギギと壊れたロボットのようにあゆっくりと俺の方に顔を向ける。


「勇人様……、一応聞きますが記憶喪失になられてから今まで武術や魔法の鍛錬などは……」


「非常に言いにくいことだが、一切していないな」


「……」


「……」


「あああああああああああ!!」


 青龍は大声を上げながら頭を抱えた。



    ※ ※ ※ ※ ※



「とりあえず現状を整理しましょう」


 所変わって、現在は俺の家である。青龍が回復(?)した以上、冬美の神社にいつまでも居座るわけにもいかず、青龍が勇人の従者であるというなら勇人が引き取るのが道理と言われては俺も断る術を持たなかった。

 まぁ、どうやら青龍は俺から魔力を供給すれば食事とかは要らないようなので生活費と言う意味では面倒を見る必要がないのが救いだが。

 でも、人一人増えることに関しては姉さんにどう説明したものか。滅多に家に帰って来ることのない人だが、帰ってくるまでにうまい言い訳を考えておかなければ。ちなみに、俺の両親はすでに故人だ。家族は俺と姉さんの二人だけである。


 檮杌とうこつに関してだが、冬美には「まぁ、私でできる範囲なら協力するけど、荒事とかそっち方面は期待しないでね」と言われた。

 魔法の存在を知っていたようだが、それがイコール戦闘能力とは限らない為、仕方ないといえば仕方ないが。

 でも、あいつ確かなぎなたの段位持ってたよな? いや、別に段位を持ってるからって化け物と戦えるかというとそれは勿論否なんだが。


「勇人様は、今現在武術においても何も鍛えておらず、魔法も使えない。ないないづくしの状態ということでよろしいですか?」


「あぁ。っていうか、武術はともかく魔法に関してはついこの間まではファンタジーの産物と思ってたから、使えないのは当然って言うか」


「では、これからどうにかして檮杌とうこつを倒せるプランを建てましょう。ぶっちゃけますが、あと1ヶ月で魔法の習得は不可能です。そんな付け焼き刃が通用する甘い世界ではありません。となると武術の方を鍛えるしかないわけですが、こちらも1ヶ月では付け焼き刃程度にしかならないでしょう。こちらも現実的ではありません」


 うんそうなるよな。俺もそう思う。だが俺にはアドミンから教えてもらったチートスキルがある。


「八方塞がりだな。でも、ちょっといいか青龍」


「なんでしょう?」


「昨日見た夢の話なんだが──」


 そう言って俺は、夢の話。すなわちアドミンとの話のことを話し始める。

内容は主に技能習得オールラーニングのことだ。それが正しく発揮されれば大丈夫じゃないか、と付け加えるのも忘れない。


「ってことなんだが」


「ふむ。色々とツッコミ所のある夢ですが、それに関しては今はひとまず置いておきましょう。確かに勇人様は昔から物覚えの良い方でしたが。ギフト、と言いましたか。過分にして知らない言葉ですね。いえ、贈り物という意味では把握しておりますが、能力のことを指して言うのはついぞ聞いたことがありません。タレントならば知っているのですが」


「タレント?」


 俺の頭の中に、テレビで活躍するタレントたちの姿が浮かぶ。芸能人のことじゃあないよな?


「何を考えているかわかりますが、そのタレントではありません。その原義の方、『才能』という意味の方ですね」


 才能。つまるところ生まれ持って得た技能のことだろうか。


「なんだか、タレントだとか、ギフトだとか言われると俺がゲームの世界に迷い込んだかのように思えるな」


「否定はしません。実際この辺り非常にゲームっぽいと私も思います。人の才能なんて画一的に決められるようなものではないと思いますけどね」


 そう言ってため息一つ。


「まぁ、タレントの話はいいんです。今回の話とは関係ないですからね。問題はその勇人様が持っているというギフトの話です」


「技能ならなんでも習得できるみたいな名前だけどな。アドミンが言うには俺はすでに英語技能を習得してるって話だが、ステータスでも見れば英語(読み書き)とでも書いてるのか?」


「とりあえず何か一つ試してみましょうか。その能力が本物ならば、勇人様は見ただけで相手の技をコピー出来るはずです。一つ魔法を披露いたします。よーく見ててくださいね。『カメレオン』」


 青龍がそう唱えると、青龍の姿がかき消えた。


「消えた!?」


「いえ、勇人様。目を凝らしてよーく見てください」


 そう言われ、俺はじっと青龍が消えた場所を見つめる


「ん?」


 青龍がいた場所。そこには背景と同化した青龍が立っていた。光学迷彩ではない。カメレオンと言ったように、背景に擬態しているのだ。パッと見は確かにわからないが、少しばかり注意深ければそこに何かいると言うのはわかる。


「これが、古代魔法カメレオンです。背景に擬態し姿を消す魔法です。まぁ、実際はもっと上位でバレにくい魔法もあるので、これで姿を消すのは素人ぐらいでしょう」


 そう言って、青龍は擬態を解除する。

 擬態した状態から徐々に姿が元に戻るのは、凄まじくファンタジーであった。


「さ、勇人様。やって見せてください」


「いきなり無茶ぶりだな、おい。まぁ、一応やってみるけどさ。普通に唱えればいいのか? 『カメレオン』」


 青龍に言われるがままに、魔法を発動させる。すると体から何か抜け出たような感覚がしたが、何も起きなかった。相変わらず肌も服もそのままの色である。


「……何も起きないな」


 やはり、あれは夢でしかなかったのか。そう思い気まずそうに青龍の方を見る。しかし、魔法は失敗したにも関わらず、青龍は驚愕の表情を浮かべていた。


「いえ、勇人様。魔力の流れ、言霊の発音、実際の魔法の行使に至るまで完璧でした。見せただけで何もお教えしていないのにこれとは……。これはひょっとするかもしれませんね」


「いや、実際魔法は発動しなかったわけだし、どこに驚く要素が?」


「いえ、申し訳ありません。ひょっとしたら発動体が無くても魔法を行使できるかと思い、そのままでやってもらいました。本来、古代魔法の発動には発動体と呼ばれる魔道具が必要不可欠なのです。ですので、魔法が発動しなかったのは当たり前なのです。勇人様何か体から抜け出るような感覚がいたしませんでしたか? それこそ魔力の正体なのです。きちんと体に魔力を通し、言霊を発音し、発動体を通すことによって古代魔法は初めて発動いたします。発動体がなければ魔力が抜けるだけで終わります。なのでその感覚こそ、正しく魔法が行使された証なのです。私は魔力視をして勇人様の体から魔力が抜けるのを視ました。私が驚いたのはそこです。教えてもいないのに見ただけでそこまで出来るのですから」


「じゃあ、発動体とやらがあれば魔法が発動するのか?」


「そこまで、完璧な魔力操作ができるのであれば問題なく発動するでしょう。これをお使いください」


 そう言って青龍は、どこから取り出したのか一つの指輪を俺のほうに差し出してきた。


「そちらは差し上げます。それを嵌めてもう一度お願いします」


 魔法使いって言ったら杖じゃないのか。そう思うが、指輪とかの方が無詠唱だったり武器戦闘だったりをやりやすいよな。とか思いつつ指輪を嵌める。


「じゃあ、もう一度やるぞ。『カメレオン』」


 指輪に心なしか意識を向けながら、もう一度魔法を唱える。変化はすぐに訪れた。体から何か抜ける感覚と同時に、伸ばした手先から色が変わっていくのだ。瞬く間にそれは全身に広がり、先ほどの青龍と同じように、背景に擬態した。


「おおおおおおおおおお!! 出来たあああああああ!! 魔法だあああああああ!! 」


 とてつもなくテンションが上がり、快哉を叫ぶ。

 やはり、男として生まれたなら一度でいいかr魔法を使ってみたいと思うもんだ。


「やはり出来ましたね。それにしても無詠唱も同時にするとは。第一位階の魔法とはいえ、高等技術のはずなんですけどねぇ。ですが、これで光明が見えたかもしれませんね」


 初の魔法成功でテンションが最高潮の俺は青龍が何か言っていた気がするが全く聞こえていなかった。擬態した状態のまま、飛んだり跳ねたりガッツポーズをしたり、しばらく興奮のあまり動き回っていた。


 しばらくして魔法の効果も切れ、ようやく落ち着いてきた俺にタイミングを見計らって改めて青龍が話しかけてくる。


「さて、勇人様。念のため言っておきますが、勇人様が今行ったカメレオンの魔法。無詠唱であることも含めまして、あれを勇人様と同じ精度で行使するには才能のある人物であってもおよそ5年の修行が必要です。それを一瞬で習得したと言う異常性はご自覚いただきますようお願いいたします」


「お、おう」


 5年も修行が必要とかすごいな。魔法ってそんなに高等技術なのか。


「勇人様がみた夢が、ただの夢でなかったことは証明されたわけですが、夢に関しては後回しにいたしましょう。喫緊の問題は檮杌とうこつの方です。とはいえ、勇人様のそのギフトがあるなら檮杌とうこつと言えどイージーモードでしょう。1ヶ月でものになるように仕上げて見せます」


 そう言って、青龍は悪そうな顔でニヤリと微笑む。

 だ、大丈夫なんだよな? 色んな意味で……。

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