5.本題

「それが、私と勇人様の最初の出会いだったのです」


「つまるところ、アンタは勇人のことを殺そうと思って近づいたわけね」


 冬美は憮然とした表情でため息をつく。


「そうですね。それについては言い訳をするつもりはありません。結果として生きてはいましたが、そんなのは結果論です。私が勇人様を殺すつもりで魔力吸収を行なったのは事実なのですから」


「ま、まぁ俺が今生きてるからいいじゃないか。それより、その話が7年前に姿を消したって話とどう繋がるんだ?」


 冬美はまだ何か言いたそうだったが、俺がそこに割り込む形で、青龍さんに話の続きを促す。

 殺されそうになったとは言っても、俺にはその記憶がないのである。俺の記憶にないことで、そういうことを言われても実感などないし、結果として生きてればどうでもいい。


「はい。私はその後勇人様の従者としてお仕えさせて頂くことになるのですが、──今だから言いますが最初は勇人様に対して忠誠心など欠片もありませんでした。あったのは、勇人様から限界を超えて魔力を吸収できたのか、その謎の解明だけでした」


「随分ぶっちゃけるな」


「事実ですから。あ、今は誠心誠意お仕えさせて頂いておりますが」


「お、おう」


 いきなりのお仕え宣言にそう返すだけで精一杯だった。

 見ず知らずの美人からお支えさせて頂くと言われて、これ以上の返答を返せる者がいるのか。


「そして、その謎の解明ですが、今現在を持ってしても不明のままです。推測はいくつか立てられますがどれも完全なものではありません。私としては勇人様は『泉』に接続出来る能力者接続ではないか、と考えておりますが」


「『泉』ってなんだ?」


「魔法世界において、単に『泉』と呼称した場合、それは『マナの泉』を指します。魔力の源たるマナが無限に満ちているとされている伝説上の存在です。勇人様からいくら魔力を吸っても魔力が尽きないのは、勇人様を通じて『マナの泉』から魔力を吸収しているのではないか、と考えたのです」


 能力者。その単語を聞いて俺が連想したのは、アドミンが言った能力。技能習得オール・ラーニングである。しかし、聞く限りその能力と今聴いた能力は合致しない。習得できるのは技能。アドミンはそう言っていた。


 だが、今青龍さんが言ったのは技能というより性質と言った方が正しいだろう。と言うか、見聞きした覚えもないし、そんな技能が存在するとも思えなかった。


(これは、後であいつに聞くことが増えたな……)


「で、勇人の能力とアンタが姿を消したこととどう関係しているの? いい加減本題に入ってくれると嬉しいんだけど!?」


 あまりに長い前座に冬美がキレ気味に青龍さんに迫る。


「申し訳ありません。もうすぐ本題に入れますので」


 青龍さんはそこで一息入れると蕩々と語り始める。


「私が勇人様の従者となってから、私はその勇人様の能力を利用し、魔力供給をしていました。そのため、今まで日課にしていた、勝負で相手をしばき倒して、勝負相手から魔力吸収をすると言うことをせずによくなり、久々の安寧の日々を過ごしていたのです」


「待てい! 今、なんか聞き捨てならないことが聞こえたんだが!?」


「しかし、そんな安寧の日々も長くは続きませんでした」


 俺のツッコミを華麗にスルーして、青龍さんは話を続ける。


「そうやって、私が誰とも勝負をせずに過ごしていると、怪しかったのでしょうね。私が戦うことを止めていたのは。私が戦いをやめたと言う噂が妖怪やモンスター実力のある人間たちの間に流れ──、私が腑抜けたとでも思ったのでしょうね。私の元に次々と私を倒すべく刺客が送り込まれてきたのです。

まぁ、勿論そんなものは私の相手にもなりはしませんでしたが、問題は勇人様でした。私に勝負を挑む者の中には勇人様を利用しようとする輩まで現れる始末。まぁ、そんな不届き者は全て全殺しの刑に処してやりましたが」


「てことは、その頃には忠誠心が芽生えはじめてたってこと?」


 冬美がそう青龍さんに問いかける。まぁ、忠誠心がないと全殺しにしてやりましたなんて言葉は出てこないよな。


「はい。私も情が沸いたといいますか、放って置けなくなりましてね。まぁ、そんな日々だったのですが、基本的には問題などありませんでした。奴が来るまでは」


「奴……、それが本題か」


「はい、その者の名は四凶が一、檮杌とうこつです。私と違い、根っからの戦闘狂で極めて凶暴な邪神です」


「とうこつ……? 勇人知ってる?」


「いや、知らん。四凶ってなんかゲームに出てきそうな集団だなと言う感想しか」


 俺も冬美も知らないのを見たが、青龍さんは特に気にした風もなく続ける。


「まぁ、日本ではマイナーでしょうね。四凶のうちなら、饕餮とうてつがかろうじて有名と言ったところでしょうが、檮杌とうこつは中国神話に精通していないと知らないでしょう。まぁ、檮杌とうこつのマイナーっぷりは今はいいのです。本題は奴に関することです、奴と言うかこの手の相手は実に厄介な性質を持っていましてね」


「厄介?」


「私ではどうあがいても倒せない相手なのです。永遠に引き分けるというか、例えるならお互いにグーしか出せないジャンケンみたいなものでしょうか。私も勝てませんが相手も一生かかっても勝てない。我ら二柱が戦えばそんな状況になってしまうのですよ」


「なんだそれ、最強に嫌らしい能力だな」


 そんな能力を持っているなら誰も勝てないではないか。

 いや、向こう側も勝てないというのだから一概に強いと言えるわけではないが、相対する方にとっては確かに厄介極まりない。


「いえ、これは別に向こうの能力というわけではないのですよ。私では勝てない・・・・・・・というだけなのです。相性の問題と言えばいいのでしょうか。勇人様や冬美様がもし奴と戦った場合、相手の戦闘力を上回りさえすれば普通に勝つことができます」


「つまり、檮杌とうこつと青龍さんとの間に限ってだけ、相性の問題で一生引き分ける定めにあるってことでいいのか?」


 俺がそう言うと、青龍さんは何故か一瞬悲しそうな表情を浮かべる。なんだ? 間違ったことでも言ったか?


「青龍、と呼び捨てで呼んでくださいませ」


 そっちか! 言ってることが間違ったのかと思ったぞ。

 しかし、俺的初対面の美人を呼び捨てにするのはちょっとハードルが高いのだが。


「せ、青龍……」


 俺が言いにくそうにそう言うと、青龍は満足したのか花のような笑顔を浮かべる。


「はい、貴方様の青龍でございますよ」


「ちょっと、イチャついてんじゃないわよ、アンタたち! さっさと話の続きしなさいよ!」


 そんなやりとりをしていたら冬美から怒られた。まぁ、確かにちょっと話の腰を折ってしまったが。


「おっと、失礼しました。では、話の続きですが、奴との間にのみ限ってということはありませんが、概ねそれで正しいです。その相性問題のせいでそいつが私を狙って来た時、応戦したのですが千日手になりかけたのです。その時運悪く戦いの場に勇人様が来てしまいましてね。奴は勇人様の能力を何処かから知ったようで、最初から狙いは勇人様であったのです。しかし、そのときの勇人様はまだ幼く、ろくに戦えない状態。私も勇人様をかばいながら戦いまあしたが限界が訪れます。そこで私は丁度この神社のご神木が目に入りました。そのご神木の経た年月、私の木行、私の固有魔法の3点を利用し、勇人様が成長されて、奴と戦える実力になるまで私と檮杌とうこつをご神木に封印することにしたのです。

封印には成功し、7年の歳月が経ちました。そして此度、私の封印が解かれ、こうして皆様の元に姿を現すことができたのです。これが私が今まで姿を消していた理由です。ご納得いただけましたか、冬美様」


 冬美は納得したような文句があるような、そんな微妙な表情のまま青龍を見つめていた。

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