4.昔話

「まずは、私と勇人様の馴れ初めからいきましょう」


「いや、あんたのノロケを聞きたいわけじゃないんだけど?」


 冬美が若干怒気をはらんだ声で青龍さんを睨むが、青龍さんは涼しい顔で受け流す。


「いえ、ここは今後の話で重要なところですので、ただのノロケではありません。

私が復活したと言うことは勇人様は現在御年17歳になられるのでしょうか。とすると今からおよそ10年前と言うことになりますね。その時に私と勇人様は出会ったのですが、その時の私はとある理由により魔力が欠乏した状態でこの街にたどり着いたのです」


「とある理由って?」


 青龍さんの言葉の中で一つ気になったことがあったので聞いてみた。


「それは、ちょっとまたの機会にと言うことで。今はそれほど関係のないことなので。ともかく、その時の私は魔力がない状態だったのです。私のような精神生命体にとって魔力とは生きるための力です。詰まるところ死にかけの状態であったわけです。少しでも失った魔力を回復させるため、私は神気に満ちたこの神社のご神木で体を休めていました」


「え? あのご神木そんな力があったの?」


 冬美がそんな馬鹿なと言わんばかりに口を出す。

 おい、現役巫女。自分の神社のパワースポットぐらいおさえておけよ。


「古いと言うのはそれだけで力になるのですよ。先程も申しましたが私は木行を司っていますからね。同じ木行で相性が良かったのです。まぁ、一番いいのは水行で力を得ることですが」


「えーっと、五行相生だっけか? 水は木に力を与えるって言う」


 俺は自分も持っている知識で答える。五行思想は現代ファンタジーでは定番の設定だからなんとなく覚えていたのである。


「よく勉強しておられますね。その通りです。まぁ、ともかくこのご神木で身体を休めていたのですが、魔力と言うのは生命維持に常時消費もされているので、回復量と消費量でトントンの状態だったのです。このままでは消滅もやむなし。そう思った時、現れたのが勇人様だったのです」



    ◇ ◇ ◇ ◇



 ──このままここで朽ちるのか。

 それもまた業か、はたまた今まで打ち破ってきた者どもの呪いの果てか。

 私は疲れた体を木に横たえながら、無意味な思索を繰り返す。

 消滅それ自体は恐ろしくない。どうせここで消えてもまた新しい青龍がこの世界に誕生するだけだ。死と新生を繰り返してきた自分に今更消滅など恐れることではない。

 だが──、


「少し……、惜しいですね」


 新生してから今まで培ってきた戦闘技能。それらも全て消えてしまうのは惜しいと感じていた。

 死は怖くないが、この技術をもう一度取得しなければならないのか。いや、そもそも新生した時にもう一度武術を鍛えよう、となるのか。

 ならないだろう、と私は予想している。


 ──消えたくない。


 初めてこぼれた切なる願い。そんな思いを聞き届けたのか、一人の少年が私の前に現れた。


「おねーさん誰? 冬美ちゃんの親戚? こんなところで寝てると風邪引くよ?」


 私はその言葉にハッとなった。ここまで接近を許すまで気づかなかった!? どうやら自分の想像以上に身体にガタが来ているようだ。

 いよいよもって死が近づいていると感じる。


 ふと、目の前の少年を視てしまう・・・・・


(魔力容量は普通……。いえ、一般人と考えれば破格の容量。周りにはこの少年以外誰もいない……)


 ふと、私の頭に邪な考えがよぎる。ここで補給してしまえばいいのではないか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 少年の方に手が伸びる。しかし、すんでのところでその手を止める。


(いえ、ダメです。それはいけません。無関係な少年を殺すわけにはいきません。それに何より私の矜恃に反します)


 魔力補給は勝負して打ち倒した相手からのみ。

 それは、私が今生を生きるにあたって、自らに課した制約であった。その制約を破るわけには──、


「ん? 手を握ればいいの? でも、俺じゃ多分おねーさんを起こせないよ」


 しかし、少年は私の伸ばした手をなんの躊躇いもなく掴んだ。

 掴んでしまった。


(あぁ、ダメですよ少年……、そんな無防備なことをされたら……)


 目の前にある上質な魔力リソース。相手の属性は火行のようだが何構うものか、無色の魔力として吸ってしまえばいい。

 そんな黒い考えが止まらない。消えたくない思い、目の前の少年の無防備な行為を前に、私の矜恃など木っ端微塵に砕け散ってしまう。


「ごめんなさい」


 少年に対する形ばかりの謝罪。私は言葉とともに目の前の少年から魔力を吸収する。


(あぁ、なんて極上の魔力なんでしょう……。質までいいのは僥倖でした)


 私の四神としてのプライドは何処へやら、全力で魔力補給を楽しんでいる私がそこにいた。


「あの、おねーさん。ちょっと強く掴みすぎて痛いんだけど……」


 そんな少年の声はもはや私には聞こえていなかった。魔力補給に邁進している私は多分見せられないような恍惚な顔をしていることだろう。


 しかし、そんな顔も長くは続かなかった。


(あれ、おかしい? もう、この子が枯れるほど吸っているはず……)


 魔力補給に恍惚としていた私だったが、魔力が回復して冷静になれ、まともな思考が回復し始める。

 しかし、まともな思考が回復したからと言って吸うのをやめるかは別問題だ。なんせ、ただでさえ質のいい魔力だ。私にとっては至上の快楽を味わっている行為に等しい。

 それを止めるのは現在の精神状態では不可能だった。


 結局、私が完全回復するまで魔力を吸い切ることになった。


(なぜ? なぜ私が完全回復できるまで吸えたの? この子の魔力容量からは考えられない──)


 そして、もう一度少年を視た・・。そのときの私はきっと驚愕の表情を浮かべていたことだろう。


(ま、魔力が減っていない!? あれほど吸ったのに!!? これは一体……)


「おねーさん、いい加減手を離して欲しいんだけど。あんまり長いと警察呼ぶよ?」


 少年の言葉に、どれだけ長い間手を握っていたのか自覚した私はパッと手を離す。


「ご、ごめんなさい、痛かったよね? ちょっとお姉さん疲れててね。でも、キミのお陰で元気になれたから」


「え? おねーさんって年下好きなの?」


「そう言う意味じゃないのよ」


 いきなり噴き出したショタコン疑惑を慌てて否定する。


「キミには分からないだろうけど、私はキミに救われたのよ。キミには意味がわからないことだろうと思うけど、感謝を。ありがとう」


 私は立ち上がり、パッパッと土埃を落とすと、少年の方に改めて向き直る。

 それにしても、何故干からびるほど魔力を吸ってもこの少年はなんともなかったのか。何か秘密があるのか。


「いきなり感謝されても訳わからないんだけど……」


 少年は私を怪しんでいるのか一歩引いてしまっている。

 まぁ、当然の反応よね。それにしてもこの現象はいったいどう言うことなのか。気になる。それにこれは丁度いいかもしれない。


「だからね、私はその恩を返したいの。だからキミがよかったらなんだけど──」


 私はそこで少年の前にひざまづく。普段の私なら絶対に出来ないことだ。だが、この秘密を探れるならば安い代償だと思っている。それに目の前のはただの少年、いざとなれば傀儡にでもすればいい。そう算段をつけると言葉を続ける。

 

「私と、主従の契約を結んではいただけないでしょうか」

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