3.謎の美女、青龍

「くそっ、重てーな。人一人分の体重だからそりゃ重いだろうけどさ。お姫様抱っことかあんなのファンタジーだろ。どうやってこんな重いのを両手だけで持ち上げろってんだ」


 俺は気絶してしまった青龍さんを肩に担いで、なんとか神社の母屋の方まで運んでいる最中である。

 流石にあの場所にそのまま放置もできないので、運んでいこうと思ったのだがその時にその重さに愕然とした。人間ってこんなに重かったんだ、と。

 気を失っている人間は普通に運ぶよりも重いとは聞いたことはあるが、それにしたって半端ない重さである。


「おーい、冬美。少し手伝ってくれー」


 なんとか母屋の方まで引きずってきて大声で冬美の奴を呼ぶ。


「んー、どうしたのー?」


 冬美がすぐに聞きつけ、こちらにパタパタと歩いてきた。

 しかし、俺の状態を見るとすぐに笑顔が凍りついた。


「あー、誤解するなよ。俺は人命救助をしているだけであってな。この美人さんとはやましいことは何も──」


 俺は冬美が女性を担いだ自分を誤解しているのかと思い、弁明をする。

 しかし、冬美の方の凍りついた笑顔は理由が違ったようで──、


「こいつ……! 今更どの面下げて出てきたの!!」


 冬美から出てきた感情は俺に対してではなく、青龍さんに対する怒りだった。


「え? やっぱり、この美人さん俺の知り合いなのか? 10歳以前に会ってた?」


 青龍さんの態度からしてそうじゃないかとは思ってたが、一応冬美に聞く。


「さあね。本人に聞けば?」


 しかし、対する冬美の態度は氷点下であった。余程、この青龍さんに対して怒りを溜めていたのであろうと言うのが分かる。

 今更どの面さげてと言う言葉からもわかろうもんである。


「えーっと、それじゃ取り敢えず場所貸してくれちゃったりしないでしょうか? 介抱したいのですが」


 冬美の怒気に当てられ思わず敬語になってしまった。なんかすごい怖いんだが……。こいつがこんなに怒るなんて滅多に見たことないぞ。


「……。いいわよ、私もそいつに聞きたいことあるし」


 その沈黙が怖いです、冬美サン。取り敢えずは冬美の案内で青龍さんを横に寝かせる。その間も冬美は表情が固定されたままだった。


「あのー、冬美さん。怒ってないで事情を説明して欲しいのですが……」


「だから、本人に聞きなさいよ。私だって聞きたいぐらいなんだから」


「そうは言っても、目が覚めないわけで……」


「起こせばいいのよね」


そう言うなり、冬美は青龍さんの首根っこを掴んで、往復ビンタを喰らわせる。パシンパシンと小気味よい音が辺りに響く。


「ちょ、ちょ! いきなり何やって──」


「これは正当な怒りよ。ほら、さっさと起きる!!」


 何度か往復ビンタを喰らわせると、青龍さんが目を覚ます。


「はっ! 嫌な夢を見ていました……。勇人様が私のことを覚えていないなどと言う悪夢を」


「それ、悪夢じゃなくて現実だから。ほら、起きたならシャキッとする! 今まで行方をくらましていたことも合わせて色々と説明してもらいましょうか!」


「冬美様……。その、勇人様は……」


 青龍さんと冬美は知り合いなのか。まぁ、冬美の態度で知り合いじゃないとかだったら逆にびっくりなんだが。

 取り敢えず俺の事情を説明しなければならないと思い、口を開く。


「あー、取り敢えず気絶しないで冷静に聞いて欲しいんだが。俺ってば、10歳以前の記憶がない記憶喪失者なんだわ。今もまだその記憶は戻っていない。だから10歳以前にアンタに出会ってた場合、その記憶って一切ないんだ」


「記憶喪失!! なんとおいたわしや。それでは本当に忘れてしまったのですね……」


 青龍さんは一瞬驚いた顔をするが、すぐに顔を伏せって沈痛な表情を浮かべる。


「で、勇人が記憶喪失でアンタのことを覚えてないってのは分かったでしょ。次は私の質問の番よ。7年前、アンタはなんで急に姿を消した。勇人が記憶喪失になって、どれだけ探したと思ってるの!」


 普段の冬美からは想像もできないような怒りの表情を見せる。これほど冬美が怒っているところなど俺は見たことがなかった。


「それに関しましては返す言葉もございません……。ですが、弁明をさせて頂けるならば、私にその機会を与えてはくださいませんでしょうか」


「聞かせなさいよ。変な理由だったらぶっ飛ばすからそのつもりで」


「感謝します」


 そう言って右拳を指を真っ直ぐ伸ばした左手の平に合わせる形を取る。抱拳礼って言うんだっけ? やっぱ青龍って名前だから中国の人なのだろうか。俺は青龍さんを見ながらそんなことを思った。


「弁明の前にまず、私が何者かと言うところから申しましょうか。今の勇人様は私のことは知らないと思いますので。迂遠になりますが、弁明するにあたって必要なことなのです」


 青龍さんはそう言うとちらと冬美の方を見やる。冬美の方はと言うと続けろとでも言いたげに顎をしゃくる。


「これから話すことはおよそ荒唐無稽なことです。それでも最後まで私の話を聞いてください」


 荒唐無稽。そう聞いて俺はアドミンからこの世界のことを聞いたことを思い出す。この世界、魔法とか不思議がある世界なんだっけか。とすると、青龍って名前も通称とかじゃなくて本名、すなわち四神の一柱である青龍本人ということになるのだろうか。どう見ても人間にしか見えないのだが。


「まず、荒唐無稽を信じさせる一手を今からお見せしましょう。『ティンダー』」


 青龍さんがそう言って人差し指を立てると、人差し指の先に火が灯る。


「て、手品。じゃないよな……? そう言ってからわざわざ見せるってことは」


「はい。今私が行使したのは魔法と呼ばれる超常の力です。もっとこんな手品でも出来るようなことでなく、もっと魔法っぽいものをお見せしたかったのですが、今出来るのはこれぐらいです、申し訳ありません」


「ま、魔法……」


 アドミンから聞いてはいた。聞いてはいたが、実際に見せられると嫌でも信じざるを得ない。正直、異世界転移してくれと言われたのも荒唐無稽だったが、目の前のこれの方が余程荒唐無稽である。今まで信じた常識が打ち砕かれていくのを感じる。すげーなファンタジー。


 俺は多分驚愕の表情を浮かべているだろうが、事前情報のない冬美はもっとだろう、と思いつつ冬美の方を見やる。しかし、冬美の表情は変わらず無表情だった。


(え?)


 その顔はまるで、そんなものは私はすでに知っていますよ、とでも言わんばかりだった。


(えぇー……、こいつ既にこっちの住人だったのかよ。俺は仲間外れかよ)


「と、取り敢えずとして、魔法が実在すると言うことは信じよう。信じることにした。でも、それが貴女となんの関係が?」


 俺は色々と口に出したい思いを抑え、青龍さんの話の続きを促す。


「いえ、直接的には関係ないのです。ただ、ワンクションとして超常のものがこの世に存在すると言うことを知って欲しかったのです。

時に冬美様は驚かれないのですね……。 勇人様の反応もイマイチですし、驚きませんでしたか?」


 俺の反応がイマイチなのは、仕方ないだろう。アドミンから聞いてあらかじめ知ってしまっていたんだから。それでも十分以上に驚いているんだぜ?


「まー、私も色々あるってことよ。それよりとっとと次の話に移ってほしいんだけど?」


「分かりました。では、告げます。我が真名は青龍。東方を守護し、青・木行の属性を持ち、春を司る、四神が一柱であり、勇人様の従者でございます」


 驚いた。いや、驚いたのだが同時にやっぱりなとも思ってしまう。と言うかここまできて、青龍はただの通称ですなんて言われても逆に信じられないだろう。と言うか、従者って何さ従者って。10歳以前の俺は一体何をやらかしたんだ!


「えっと、青龍ってあれだよな。白虎とか玄武とかと並びたってる」


「はい、その青龍にございます。朱雀を並びに入れなかったのはよいご判断です。しかし、お顔を拝見する限り、それほど驚いた表情はしておりませんね。デモンストレーションは不要でしたかね?」


 なんか、朱雀に恨みでもあるのか? と思ったがそれを聞くのは野暮だろう。


「いや、驚いてはいるさ。ただ、あんなデモンストレーションを見せられて今更通称でしたや、偽物でしたってのはあり得ないだろうって思っただけさ。それに、この怒髪天の冬美の前で嘘なんてつけるはずもないだろうし。なら、本当のことなんだろうと受け入れるだけさ。それに驚いてないのは冬美の方も──」


 そう言いながら、冬美の方を見やると、今後は逆に冬美が驚愕の表情を浮かべていた。


「あれ?」


 なんで今更驚いているんだ? さっきの魔法を見たときの無表情はなんだったのか。


「え? いや? え? いや、だって貴女の名前は……」


「……そういえば、冬美様には名乗ってはおりませんでしたね。私がかつて名乗っていた青木葵の名前は、この人形ヒトガタにつけられた名前です。ちゃんと戸籍も存在していますが、仮の姿であります」


 戸籍あるんだ。いかにファンタジーな存在といえども現代の社会システムには逆らえないと言うことなのだろうか。


「どう言うことなの……?」


 冬美は今までの怒りは何処へやら、困惑の表情へと取って代わっていた。


「では、ここまでは前提の話です。次に、私がなぜ勇人様の前から姿を消したか、それをお話ししたいと思います」

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