1.学校生活

 その日の朝の目覚めは珍しく快適だった。

 普段は夢なんて見ないか、見ても内容などほとんど覚えていないのに、今日見た夢だけははっきりと覚えていた。


(あれは本当に夢……? いや、夢だけど現実だとアドミンは言っていた。とすると現実? いやでも、流石に異世界転移させてくれるとかラノベの読みすぎだって笑われるぞ。だが──)


あれは夢。そう断言できるほど現実感のない内容だったが、同時に圧倒的な現実感を感じる夢であった。


「なんだ……、なんか引っかかるな。冷静に考えなくてもあんなのはただの夢で否定すべきなんだが──。取り敢えず、御神木に行ってみりゃわかるか。学校終わったら行こう」


 夢で得た予言が事実かどうか、それを確認すれば夢がマジか嘘かは分かるだろう。個人的にはマジであって欲しい。だって、マジだってことはこの世界には魔法があるってことなんだから。


 一通り思考した俺は高校に行く準備を始める。


      ※ ※ ※ ※ ※


 キーンコーンカーンコーン

 今日も今日とて退屈な授業が終わった。まずは部活に顔だけ出して、その足でそのままご神木へ、等と考えていたらその肩を叩かれた。


「ちょいちょい、勇人ちょっといい?」


 そう言って俺に声をかけてきたのは、俺の自称幼なじみである、塔馬冬美である。

 自称とついているのは、別にメンヘラでそう思い込んでる危ない女という意味ではなく、俺は10歳以前の記憶を失っている記憶喪失者だからだ。だから、俺自身こいつが幼なじみであるという記憶はない。

 まぁ、10歳から今までの付き合いは確かにあるので、一応れっきとした幼なじみと言えなくもないのだが。

 そんな自称幼なじみだが、割とというかだいぶ美人である。俺と同学年でスタイルもよく性格も悪くないので密かに狙っている男子も多いとか。料理部所属で料理がうまいというのもその評判に拍車をかけている。

 本人曰く、何度も告白されたことがあるそうだが、全て袖にしている。そこらへんもまた高嶺の花感を醸し出しているとかなんとか。


(俺には勿体ない幼なじみだよな……)


 口にすると混ぜっ返されるので、心の中で思うだけにする。


「なんだ、冬美。俺はちょっと今日用事あるんだが」


 私忙しいですオーラを出しながら冬美に返事すると、冬美はパタパタと手を振る。


「あ、別に今日じゃなくてもいいの。近々うちの神社で例祭やるでしょ? だから、例祭で使う道具をか倉庫から出しておきたいのよ。お父さんこの前ぎっくり腰が治ったばっかりだからあんまり無理させられなくて……」


 今冬美が言ったように、冬美の実家は神社である。そして、冬美に追加する属性として巫女さんというのがある。実家が神社ゆえ、その手伝いをするのでリアル巫女さんである。これで、生徒会長とかでもしてれば役満なのだが、本人はそういう活動に興味はないようだ。


「これは天佑か」


「は? いきなりどうしたの?」


 いきなり妙な言葉を言い出した俺を訝しがる冬美。

 まぁ、神社の手伝いの話からいきなりこのセリフだからな。自分でも言っててどうかと思った。

 しかし、御神木に用事があると決まってこのお誘いだ。なんか作為的なものを感じなくもない。


「いや、なんでもない。丁度俺もお前んとこの神社に用事があったんだ。ついでにこなしてやるよ。例の如くバイト代はでるんだろ?」


「まぁ、ちょっとだけだけどね」


「オッケー。じゃ、部活に顔を出したら向かうわ」


「じゃ、待ってるわ」


 それだけ言って、冬美とは一旦別れる。


 俺はその足で、自分が所属する部活、手芸部を訪れる。

 何を隠そう俺の趣味は手芸なのだ。女々しいというなかれ、好きなんだからしょうがないだろ。

 まぁ、実際は工作全般が割と好きなんだがその中でもなんで手芸かっていうと工作部とかそういうのがなかったからというのが1番大きいが。

 工作できそうな部活がここしかなかったというのもある。

 まぁ、そんなわけで俺は手芸部所属なわけだが、今日は部活動をするつもりはなく、ただ顔見せで終わるつもりである。


「おいーっす、誰かいますかー?」


「あ、真宮寺先輩!」


やる気なさげに挨拶をして部室に入ると、一人の少女がパタパタと寄ってくる。


「おう、白石だけか?」


 こいつの名は白石ひとみ、手芸部の後輩である、子犬系女子である。

 実際のところ、こいつは背が低いとかそういうことはないのだが、見た人みんなから“小さい”という印象を持たれてしまう。

 顔立ちも可愛らしく、人懐っこく、こいつが人に駆け寄る姿には、皆ないはずのブンブン揺れている尻尾を幻視するという。

 故に、子犬系女子である。


「えぇ、まだ私一人ですね」


「じゃあ、他のみんなに伝言を頼む。今日は俺用事があるんで先に帰らせて貰うってな」


「えーー。今日はこの前の続き教えてもらおうかと思ったのにー」


「教えるも何も、ぶっちゃけもう教えることはないぞ。教えたことをきちんとやればちゃんと完成するはずだ」


「うぅ……、それができないから苦労してるんです」


 白石の奴はとてつもなく不器用だった。手芸部に入った動機も女の子らしい趣味を身につけて女子力をあげよう、である。

 前述の通り愛されキャラではあるが、その不器用さから炊事洗濯家事は壊滅的で、女子力のかけらもないのが白石というキャラであった。


「ともかく、俺は用事があるから、それはまた今度な」


「約束ですよ! ちゃんと次は教えてくださいね!!」


「分かった分かった」


 おざなりに返事するが、白石にものを教えるのは嫌いではなかったりする。

 いや、むしろ好きと言ってもいいだろう。何故なら、教えるのにかこつけて白石にかなり近づけるからだ。

 別に白石が好きというわけではないが、まぁなんだ、俺も男である。女子高生に合法的に接触できるのは役得と言っていいだろう。


 手芸部の部室を後にする。そのあとはそのまま下校し冬美の実家である誠神神社に向かうだけである。

 そして、校門をくぐったとき、横合いから感じる殺気。すぐさま俺は後方に大き跳んだ。


「チェストー!!」


俺が今までいた空間に突き出される一本のレイピア──の模造刀。


「ふっ、相変わらずの勘の良さだな、真宮寺!」


「チェストは示現流の掛け声だろうが……」


 俺は半眼で模造刀のレイピアを突き出してきた男に顔を向ける。

 いきなりの襲撃者に対してその程度で済ませるのは、温情あふれる措置と言っていいだろう。


 そこに立っているのは輝くばかりのイケメン。十人が見れば十人が振り返るであろう端正な顔立ち。

 さらにスポーツでもしているかの引き締まった体格、男としてに魅力に満ち溢れた超イケメンと言っていいだろう。

 こいつの名前は青葉京介。フェンシング部主将で、俺が入学した時から俺につきまとっているストーカー男である。

 完全に余談だが、こいつは先ほどの白石と幼なじみの関係だったりする。京ちゃん、ひとみ、と呼び合う仲らしい。仲が良くて羨ましい限りである。

 ていうか、白石の奴は2歳も年上をちゃんづけで呼んでるわけなのだがいいのだろうか。まぁ、本人同士が納得してるからいいんだろうが。


「それは小説での創作だぞ、真宮寺。まぁ、どっちしろ気合が入るからいいんだよ」


「それでそれで、毎度のように襲撃を仕掛けてくる青葉先輩におかれましては、ワタクシめにどのようなご用でしょうか?」


 俺は多少のいらつきとともに、慇懃無礼な態度で青葉に問いかける。一応青葉は俺にとって先輩に当たるが、普段はタメ口である。だが、こういう態度をとっているのは無論わざとだ。それにこいつの用件は毎回決まってるしな。


「うむ! 真宮寺、フェンシング部に入部──」


「断る」


「おう、知ってた!」


「じゃあ、聞くんじゃねー! 襲撃もするんじゃねー!」


「毎回無傷だからいいじゃないか。お前のその勘の良さと反応の良さは運動部向きだと思うんだがなぁー」


 そう言って、カラカラと笑う青葉。

 それだけ切ってみると爽やかな好青年に見えるのだが、


「お前と同じ部活とか貞操の危機を感じるから絶対にお断りだ……」


 俺はそう言いながら、自分のケツを押さえる。そうなのだ、この男は、


「毎回言ってる気がするが、俺はホモではないぞ。俺はバイだ! 男も女もどっちも好きだ!!」


「大声で公序良俗に違反するようなこと言うんじゃねー! どっちでも貞操の危機は変わらんわ、ダアホ!!」


 そうなのだ、この男はバイセクシャルを公言しているイケメンであるということだ。

 イケメンなのにバイ。こうなると体を鍛えているのも別の意味にとれてしまうのが嫌なところである。


「俺はノンケは襲わんぞ。そういうのは合意の上で、だ」


「お前と合意になることは1000%あり得ないから安心しろ」


「それは残念」


 青葉は肩をすくめると話はそれで終わりとでもいうように、その場を立ち去った。


「全く、あいつはどうにかならんのか……」


それは俺の切なる願いでもあった。

ほんとマジで頼むよ。本当に。

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