3.美少女勇者マリエッタ

「ハ、ハーゲンさん、よろしく……」


レナ達が『レナイッタ王国』に向かってすぐ、ユータはハーゲンと共に勇者派遣本部に呼ばれた。巨漢を揺らしてやって来る大勇者ハーゲン。近くで見るとやはりデカい。ハーゲンはユータに気付くと言った。



「今、ハゲと言ったか?」


「言ってないわ!!!」


ユータはもはや耳まで悪くなったのかと少し心配になってハーゲンを見上げる。そこへ受付に現れたリリアが言う。



「待ってたわ、ふたりとも。緊急の依頼よ、緊急!!」


「緊急?」


ユータがリリアに言う。



「ええ、『オウケーチ王国』に魔族の大群が襲来して大変なことになっているの!! 緊急要請が入ったのでヒマ……、じゃなかった偶然依頼の無かったふたりに来て貰ったの!!」


「ヒマ……?」


ユータはそう言いながら大勇者を見上げる。リリアが言う。



「とにかく急いで!! はい、これが指示書。ほら、すぐ!!」


そう言ってリリアはふたりをゲートの方へと押す。


「お、おい待てよ!! まだ準備が……」



「時間がないの、早くっ!!!」


「うがーーーーーっ!!!」


ユータとハーゲンはリリアに押されてゲートから『オウケーチ王国』へと転送されてしまった。




「参ったなあ、たまたま剣と盾は付けていたから良かったものの……、げっ!!」


ユータがそう言ってハーゲンを見ると、彼は剣や盾どころか自慢の鎧すらつけていない。ただのよれよれのしょぼい服を着ているのみ。ハーゲンはスキンヘッドを撫でながら言う。



「ちょっと頭が寒いな」


「いや、そこかよ!!」


ユータが突っ込む。




「さて……」


落ち着いたふたりが周りを見渡す。

元はどこかの街だったのだろうか、破壊し尽くされた建物が一面に広がっている。人々の気配はない。魔物の仕業かどうか知らないがあまりにも酷い光景であった。ユータが言う。



「魔物の襲撃を受けたと聞いたけど、少し遅かったのか……?」


周りを無言で見つめるハーゲン。そしてユータに小さな声で言った。


「構えろ、何か来るぞ」


ハーゲンの言葉にユータが剣を取り構える。すると路地の向こうからひとりの女戦士が歩いてやって来た。

長く美しいブロンズの髪。破損こそしているが気品ある銀色の鎧。場違いのような美しい顔。この国の戦士だろうか、その女は剣をユータ達に向けやや震えた声で言った。



「き、貴様らは何者っ!!」


ユータとハーゲンはすぐにに気付き剣を下げる。そして女に言った。


「俺達はここに派遣された勇者だ。派遣勇者。お前らが呼んだんだろ?」



「は、派遣、勇者……!!」


女は剣を鞘に納めると、驚いた顔をして言った。



「そ、そうか。やっと来てくれたのか。ただ……、いや、それよりもたったふたり。しかも子供とハゲだとは……」


女は絶望的な顔をして落胆の溜息をつく。ユータが言う。



「お、おい、俺達はな……」


「ユータ」


女に何か言おうとしたユータにハーゲンが声を掛ける。振り向くユータ。『現状を察してやれ』といった表情を浮かべるハーゲン。うつむくユータ。そしてハーゲンが言う。



「なあ、ユータ。なんで彼女は俺の名前を知っているんだ?」


「おいっ!! って、お前はハゲか!!!」


「いや、俺はハゲじゃなくて……」


女戦士の心はますます絶望の底へと落ちていった。





「私はマリエッタと申します。ここ『オウケーチ王国』で勇者をしております。まったく魔王軍には敵いませんでしたが……」


勇者派遣依頼書を見せられ、ようやく本物の派遣勇者だと理解したマリエッタが改めて自己紹介した。


(女勇者……)


ユータは勇者だと言うその美しい女性を見つめた。マリエッタが言う。



「お恥ずかしいことですが、国王が非常に器量の狭い人間でして、派遣勇者費用を渋るあまり要請を行わず、自国のみで魔王軍に対処した結果がこの有様です」


マリエッタは歩きながらユータとハーゲンに話をした。


「その国王も、王城陥落の際に命を落としました。お金を渋って自国民や自身の命を落とすなんて本末転倒ですよね」


マリエッタは少し悲しそうな顔で言った。そして街外れにあるバリケードに囲まれた集落の前に到着すると、指をさして言った。



「これは私達生き残った者の拠点です。いくつかの拠点がありますが、ここは『対魔王軍』の本営になります。さあ、どうぞ」


そう言って見張りの者に合図をしてドアを開けさせる。



(これは酷いな……)


拠点の内部は疲れ切った人達で溢れていた。

長く続いた魔王軍との戦いで疲弊し、物資も士気も格段に落ちている。

建物も破壊された街の瓦礫で集めたような質素なもの。兵士が腰につけている剣も欠けていたり曲がっていたりしてとてもまともに戦えるものではない。



「こちらへ……」


女勇者マリエッタは、中心にあるやや大き目の建物にふたりを招く。



「マリエッタ様!!」


中にいた幾人かの兵士がマリエッタの姿を見て敬礼する。それを手で制するマリエッタ。ユータ達は中央に置かれたテーブルに座って話を聞いた。



「どうでしたか、この国を見て頂いて」


尋ねるマリエッタにハーゲンが答える。


「酷い有様だ。もう少し早く我らを呼んでくれれば……」


それを聞いたマリエッタが笑って答える。



「ですよね。無能な国王の為に多くの民や街が滅びました。お恥ずかしいことです……」


マリエッタの目から涙がこぼれる。そして顔を上げてユータ達に言った。



「これが我が国の現状です。はっきり申し上げます。今我々にあなた方に支払う報酬はございません。だからこのまま帰って頂いても結構です。……契約は、解除で結構です」


涙を流しながらもしっかりとふたりを見つめ話すマリエッタ。ユータが答える。



「報酬? そうだな、じゃあこれを貰おう」


そう言って部屋の隅に置かれた古い酒のボトルを手にする。


「おお、マケータ十年物だ! これは素晴らしい!!」


酒のボトルを持って喜ぶユータを見てマリエッタが驚いて言う。



「い、意味が分からないんですが……?」


それを聞いたハーゲンが答える。


「依頼のキャンセルは俺達で本部に伝えて置く。そっちに多額の請求が来ても困るだろう」


「だ、だが……」


戸惑うマリエッタ。ハーゲンが笑いながら言う。



「たまたま俺達が訪れた異世界の国で……」


ユータが続く。


「たまたま出会った美人が困っていたので……」



「たまたま助けた、……それだけだ」


ハーゲンがさらっと言う。驚きを隠せないマリエッタが尋ねる。


「し、しかし、いいのですか、そんなことで?」


ユータが答える。


「何ってんだ、最高の酒だぞ」


「いや、そういう意味じゃなくて……」



話が噛み合わないマリエッタがどうしたらいいのか分からない表情を浮かべる。ユータが言う。


「じゃあ、こうしよう。魔王を倒したらお前がその酒を注いでくれ」


「えっ?」


驚くマリエッタ。ハーゲンが言う。


「そうだな、それがいい。美女の酒は最高だ」


「わ、私は、そんな……」


動揺するマリエッタにユータが言う。



「お前、勇者でも何でもないんだろ?」


「!!」


マリエッタの顔が青くなる。ユータが言う。



「手を見ればわかる。剣など握ったこともない綺麗な手だ」


「……」


黙り込むマリエッタ。ハーゲンが頭を撫でながら言う。



「それに魔力もほとんど感じない。感じるのは気品さ。さしずめどっかの令嬢さんか?」


マリエッタは観念したかのような顔をして一度頭を下げて言う。



「お察しの通りです。私は剣も握ったこともない女。でも握らなければならないんです、皆の為に……」


黙って聞くユータとハーゲン。マリエッタはふたりを見て言った。



「私は無き国王のひとり娘、マリエッタ=オウケーチです」


ユータとハーゲンは頷いてその言葉を聞いた。

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