4.姫の杞憂?
「私は無き国王のひとり娘、マリエッタ=オウケーチです」
マリエッタはユータとハーゲンに向かって言った。ユータが言う。
「なるほどね、国王の娘。その国を滅ぼしたという父親の娘ってことか」
下を向いて黙るマリエッタ。ハーゲンが言う。
「なら尚更断れぬな。姫とは言え、民から心ない言葉を投げかけられたこともあろうに」
(その責任をひとり背負ってここまで頑張って来たと言うことか)
ユータは持てもしない剣を握り締め、人々の先頭に立って戦うマリエッタの姿を思い浮かべた。マリエッタが言う。
「ありがたい言葉、お気持ち。感謝します。ただ、たったふたりで何ができますか? 敵は魔王を中心とした大軍団。数千、いや数万の魔物を引き連れています。我が国の精鋭部隊でも歯が立たず崩壊した相手。それをたったふたりで……」
きょとんとして聞くユータ達。マリエッタが続ける。
「派遣勇者とは、勇者を指揮官とした精鋭軍団を送って来るものだと思っていました。おふたりの気持ちは嬉しいですが、これでは……」
「何言ってんだ、お前?」
顔を上げユータを見つめるマリエッタ。ユータがハーゲンの肩を叩きながら言う。
「ふたりもいるんだぞ? それにハーゲンさんは最高の勇者。何も心配はないぞ」
未だ不安の表情のマリエッタ。ユータが言う。
「それに勇者が魔王に負けるはずがないだろ?」
「でも……」
マリエッタの言葉を遮ってユータが言う。
「そうだな、勇者だって負けることはある。でも、諦めたらそれは勇者じゃない。だから負けないんだぜ、勇者ってのは」
ユータの言葉に黙って頷くマリエッタ。ユータが笑顔で言う。
「それよりちゃんとしたドレスの用意しておけよ。楽しみにしてるぞ、な、ハーゲンさん」
ずっと腕を組んで黙って聞いていたハーゲンが口を開く。
「ん? 誰がハゲだって?」
「言ってねえよ!!」
マリエッタはこのふたりの勇者を見てやはり心配になった。
(レナちゃん、レナちゃん、死なないで、すぐにユータ君呼ぶから!!!)
メルはレナから離れ、走りながら【もしもしでんわ】をかける。
トゥルルルルッ、トゥルルルル……
しかし電話に出ないユータ。
メルは走りながら何度も何度もユータにかけ直す。
トゥルルルルッ、トゥルルルル……
(どうして!! どうして出てくれないの、ユータ君!!!!!)
メルは泣きそうになりながら電話をかけた。
「ん? どうした、ユータ」
マリエッタと共に魔王軍の拠点に向かうユータが道具袋を見ているのに気付いてハーゲンが言った。ユータが【もしもしでんわ】を取り出す。
(メルから電話? また『捨てられた』とか『体が目当て』とか言われるんだろ、まったく……)
ユータはそのまま電話を袋に戻して答える。
「何でもないですよ、ただの間違い電話」
「そうならいいが、勇者なら常に緊張感を持っておけ。いつ何が起こるか分からない」
ユータはそう言ったハーゲンを見つめる。
(よれよれの服に武具もつけず、ハゲた頭を、あ、ハゲは関係ないけど、全く緊張感のない恰好の人に言われてもな……)
ユータはただのそこらのオッサンにしか見えないハーゲンを見て思った。
そんな緊張感のまったくないふたりを見ていたマリエッタが青い顔をしてため息をつく。ユータが言う。
「心配するな、マリエッタ。こう見えてもハーゲンさんは大勇者。勇者の中でも頂点に立つお方なんだぜ。こう見えても」
そう言いながらユータはハーゲンの頭を見つめる。ハーゲンが言う。
「そしてこいつはその大勇者よりも強い勇者だ。何も心配要らない」
そう言ってユータの肩を叩く。ユータが言う。
「そんな訳ないだろ、頼りにしてるぜ。大勇者!!」
そう言って笑いながらハーゲンを叩くユータ。マリエッタが思う。
(そう信じたいのはやまやまなのだが、一体ふたりで何ができると言うの。むざむざ死にに行くようなもの……)
そう思いながらマリエッタがある事に気付いて言った。
「そう言えばおふたりは鎧はないのでしょうか?」
「ないよ」
「えっ!?」
ここ『オウケーチ王国』の世界では鎧は戦に出る者には必須と言っていい装備品で、着ている鎧によって爵位が分かるほど重要視されている。襲来して来た魔物ですら上位種はほぼすべてが鎧を着ていることを考えてもその重要性が分かる。
マリエッタは私服、それもよれよれの服を着ているふたりを見て驚く。ユータが答える。
「なんか緊急の依頼とかでまともに準備する暇もなく送り出されちゃってさ。鎧とか準備する暇なかったんだ。ま、これまでも着たこともないけどね」
「そ、そんなんで戦えるのでしょうか……?」
驚くマリエッタにユータが答える。
「大丈夫、幸い盾は持ってきた。剣もこの間余りものを貰って置いたし」
そう言って何の変哲もない弱々しい木の盾を見せる。腰につけた剣も木製。マリエッタは眩暈がしてきた。
「がははっ、大丈夫。これが俺の鎧!!」
ハーゲンはそう言って上半身の服を脱ぎ、分厚い胸の筋肉を叩く。
剣や盾を持っているユータはまだしも、ハーゲンに至っては『よれよれの服を着た半裸のただのハゲたオッサン』であった。
マリエッタは何故か自信有り気に笑うふたりを見ながら、やはり帰った方がいいのではないかと思い始める。
「やはりこれでは勝てません。拠点に戻って防戦し、援軍を待ちましょう」
マリエッタはふたりを見つめて言う。ハーゲンがすぐに答える。
「それはできない。ベイビーちゃんが俺の帰りを首を長くして待っている」
「またオカマか! お前本当に好きだ……、!!」
三人が話していると急に悪意を持った邪気が周囲を包む。マリエッタが震えながら言う。
「あ、あれは、まさか……、そんな……」
予想よりもずっと早い場所に現れた邪気。それは彼女が忘れることもない国を襲った魔の集団であった。マリエッタが言う。
「あ、あれが、国を滅ぼした、魔王軍です……、どうしてここに……」
マリエッタは真っ青になりながら小さく言った。
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