2.いざない
「ハーゲンさん、ハーゲンさん!!」
ハーゲンは勇者本部にある控室でお茶を飲んで休んでいると、事務の女の子から声を掛けられた。
「何だい? ベイビー」
女の子は息を切らして言う。
「あの、はあ、はあ、大勇者の、大勇者スライスさんが帰ってきました!!!」
「な、んだと……!!」
ハーゲンは休憩室にいた他の上級勇者と顔を合わせて驚いた。
「スライス!! 本当に無事で良かった!!!!」
ハーゲンは数か月ぶりに会う親友を思いきり抱き締めた。
大勇者スライス。
数か月前に大魔王デラ=ツエー絡みの依頼を受け、そのまま音信不通となっていた勇者。その誰もが討ち死にしたものだと思っていた矢先の帰還。その体や顔にある多くの傷が依頼の大変さを物語っていた。
「ああ、俺も会えて嬉しいよ。ハーゲン」
スライスが勇者派遣本部に帰った夜、本部主催の帰還祝賀会が開かれた。多大な貢献をしたスライスだからこそ開かれる祝賀会。多くの人がその無事を祝い駆け付けた。
「しかし随分と派手にやられたな」
ハーゲンがスライスの傷ついた体を見て言う。
「ああ、ほぼ死にかけたよ。回復するまでちょっと時間かかっちゃったけどな」
少し笑って答えるスライスに、ハーゲンが真剣な顔をして尋ねる。
「で、大魔王デラ=ツエーはどうだった?」
その質問に周りにいた勇者達の話が一瞬止まる。スライスが答える。
「強かった。驚くほど強かった」
「お前でも全く敵わぬ、と?」
「ああ、自分の無力さを痛感したよ」
「そうか……」
ハーゲンは下を向き暗い顔をする。
自分と同じ大勇者のスライスがそこまで言う大魔王とは一体どれほど強いのか。あれ以降、勇者派遣本部は直接大魔王に関連する依頼は受けていないようだが、自分ら勇者全員の底上げが必要になるかもしれない。ハーゲンはこれから始まる大魔王軍との厳しい戦いを憂いた。
「ところで、ここには上級勇者や他の大勇者もみんな来ているんだよな?」
スライスがハーゲンに尋ねる。
「ああ、そうだ。顔馴染みの者から、最近上級に上がった者まで残っている者は全て来ている」
「そうか、それは嬉しい! 実は入手困難な異世界酒を手に入れたんで、皆に振舞いたいと思っていたんだ」
「入手困難、異世界酒? それは素晴らしい!! 是非飲みたいな!!」
「あはははっ、そう言ってくれると思ったよ。じゃあ……」
スライスはそう言うと自分で持ってきた大きいカバンの中から、異世界酒を数本取り出した。そしてそれを惜しげもなく開けると、隣に座るハーゲンに注いだ。
「まずはお前からだ。飲んでくれ」
ハーゲンは注がれた酒を味わって飲んだ。そしてスライスは席を立つと、順に他の勇者にも注いで回った。
大勇者スライスの帰還祝賀会が開かれて数時間。その会場で意識があるのは、スライスひとりとなっていた。
「ううっ、うううっ……」
スライス以外の勇者達は皆、床に倒れ苦しんでいる。ひとり杯を持ち立ち上がるスライス。そしてその酒を足元で倒れているハーゲンにボトボトとかける。
「くくくっ。すまぬな、ハーゲンよ。お前に直接恨みはないが、これも致し方のないこと」
スライスは酒をかけ終わると建屋の外に出て召喚の詠唱を始めた。
「出でよ、アークデーモン!!!」
スライスの前に現れる魔法陣。そこから禍々しい濃紫をしたアークデーモンが現れる。更にスライスは立て続けに魔物を召喚する。そして召喚された魔物達に向けて言った。
「今ここに強き勇者はいない。駆け出しの勇者ばかりだ。さあ、思う存分暴れよ!!」
「グウゴガアアアア!!!!」
魔物達は雄叫びを上げると周りに散って行った。スライスが言う。
「くくくっ、今日が勇者本部の最後の日だ」
暴れ出す魔物を見ながらスライスがひとり笑って言った。
一方、勇者本部では突如現れた魔物の襲来に驚き、そしてその対応に苦慮していた。
「急ぎ手の空いている勇者は魔物を討伐、事務員やその他非戦闘員は勇者の保護下に入るか、頑丈な建物の中へ避難!!」
勇者派遣本部から下された指示に従う一同。異世界へ派遣されている勇者にも順番に救急の通知を行う。
しかし勇者本部の焦りは尋常なものではなかった。理由は明白。上級以上の勇者が誰も呼び掛けに応じなかったのだ。
直ぐにスライスの帰還祝賀会が開かれていることをに気付いた職員が、その会場に魔物襲来の報告に行く。しかし帰ってきた職員の話を聞いた一同は皆絶望の空気に包まれた。
――上級勇者、大勇者が戦闘不能……
残されたのは中級勇者や駆け出しの勇者ばかり。彼らも必死に応戦したが、上級魔族が混じる魔物軍には全く歯が立たなかった。
「はあああ!!!!」
「グウゴガアアアア!!!!」
レナは魔族に襲われているリリアを身を挺して助けた。
「リリアさん、大丈夫!?」
「う、うん、大丈夫。ありがとう、レナちゃん……、!!」
しかしリリアはレナの体の傷を見て声を失った。
「レ、レナさん、その怪我!!!」
レナは脇腹の出血を押さえながら言う。
「大丈夫よ。回復魔法で何とかなる。それよりリリアさんは早く安全な場所へ逃げて!」
「う、うん。無理しちゃだめよ!!」
そう言ってリリアは建物内に入って行った。
「う、ううっ、これはやっぱまずいわね……、電話を、電話をしなきゃ……」
レナはそう言って【もしもしでんわ】を取り出したが、それと同時に意識を失った。
一方洞窟内部。魔物の豹変に恐れるイロカ。魔族がその色っぽい体を見て叫ぶ。
「ぐはははははっ!!! ガキのくせに生意気に!! 体だけは大人びやがって!!」
ドン!!
「ぎゃあ!!」
腹部を思い切り殴られたイロカは痛さのあまり床に屈む。魔族が言う。
「さあ、暑いだろ? 苦しいだろ? その邪魔な服を脱がしてやるよ」
魔族の洞窟にひとり出入りしていたイロカ。しかし人間である彼女に不満を持つ者は多くその不満が爆発し、今まさに襲われようとしていた。
ベトベトとよだれを垂らしながらイロカの服に手をかけとうとする魔族。下品な笑い声が辺りに響く。しかし次の瞬間、イロカは両手に持っていた短剣を構えて叫んだ。
「48剣技がひとつ・25の
イロカは持っていた短剣を床に斬る様に叩きつける。
ドーーーン!!!
「ぐわっ!?」
イロカを中心に波紋状に広がる衝撃波。その直撃を受けた魔族が皆後方に吹き飛ぶ。しかし魔族達は直ぐに起き上がるとイロカに叫んだ。
「ぐっ、くそっ、お前許さんぞおおお!!!!」
「そ、そんな……、全然効いてない!?」
魔族達はゆっくり立ち上がると、イロカの元へ歩き出した。
「い、いやーーー、助けてえええ!!!!」
イロカの叫び声が辺りに響いた。
「ぐー、ぐー。もう飲めねえぞ〜、にゃむにゃむ……」
その頃、ユータはひとり部屋で熟睡していた。
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