6.憧れの勇者
ミギーテをソードボンバーの一撃で破ったユータ。美人姉妹の姉ケルファが言う。
「さ、最弱勇者だろ、お前……」
「そりゃ酷い名前だな」
ユータは苦笑して答えた。ユータは懐から薬草を取り出して渡す。
「あれ? 残り一個しかないぞ。お前ら分けて使えよ」
薬草を受け取る姉のケルファ。しかしそれを妹のミルファに投げつけて言った。
「なぜ、何故こんな弱い奴を助けちまったんだ……、そんなの放っておけば……」
ユータが言う。
「弱い強いなんてどうでもいいだろ。お前達の価値観は分からねえが、お前は妹を助けた。助けたくて助けた。そんでいいだろ」
「お、お前に何が……」
ケルファがユータを見上げて言う。ユータが返す。
「ごちゃごちゃ言うな。要は倒しゃいいだよ、あいつを」
そう言ってこちらに歩いてくる魔王コリャ=ツエーに向かって立つ。
凄まじいまでの怒りのエネルギーを発しながら近づく魔王。その一歩一歩に大地が揺れ、空が共鳴する。周りの魔物はもちろん、遠くより眺める国王軍も震え金縛りにあったように動けなくなる。
ケルファ達姉妹も恐怖を感じた。
魔王とは恐るべき存在。中途半端な者が挑んではならぬ存在。そして彼がいなければ、他の者同様に震えが止まらなかっただろう。でも今思う。
――どうして、どうして気が付かなったのだろう。彼の本当の強さに。
ミルファはユータの背中を見てそう思った。彼がいるだけで、彼の背中を見るだけで与えられるこの安心感。全身の震えが、全身の心地良い微弱の電流となって体を駆け抜ける。
――認めない、認めないぞ、だが……
ケルファは頭ではまだその現実を認めようとはしなかった。しかし見ているだけで鳥肌が立つその背中。まるで心臓を思いきりギュッと掴まれたかのような強い衝撃。口には出せぬ絶対的な安心感に包まれる。
魔王コリャ=ツエーはユータの前まで来るとその口を開いた。
「貴様死にたいのか?」
その体格差、数倍。人間の何倍もあるような大きな体で上から見下ろして魔王が言う。ユータは黙ったまま答えない。
「私が大魔王デラ=ツエー様の幹部だと知っての狼藉か? お前みたいなチビなど大魔王デラ=ツエー様にかかれば……」
「よく喋る犬だな」
黙って聞いていたユータが初めて口を開く。
「何だと!?」
魔王コリャ=ツエーの顔色が変わる。ユータが言う。
「弱い奴ほどよく吠えるって言うがまさにその通りだな」
「き、貴様ふざけた事を!!!」
「だったら早くかかって来いよ」
「うっ……」
魔王コリャ=ツエーは動けなかった。対峙するユータの覇気に体が震えて、自分より遥かに小さなその少年の気迫に飲み込まれて。ユータが聞く。
「念の為に聞く。何の為にこんなことをする?」
いつもなら相手を瞬殺する魔王コリャ=ツエー。しかし様子がおかしいと気付き始めた魔物達がザワザワと騒ぎ始める。それを感じた魔王が敢えて強気の声で言った。
「は、破壊だ!! お前ら人間の恐怖や嘆きが俺を強くする。そうだ、もっと恐れろ! もっと嘆き、悲しめ!!!!!」
一部の魔物達から歓声が上がる。ユータが静かに答える。
「俺とは真逆だな」
「なに?」
ユータが拳を構えて言う。
「俺はみんなの笑う声や笑顔が……」
そう言ってふっと姿を消すユータ。そして次の瞬間、巨大な魔王コリャ=ツエーの顔の目の前に現れる。
「……俺の力になる!!!!!」
そう言って魔王の顔面に渾身の右ストレートをぶち込んだ。
ドン!!!!!
「ギュウワアアアアアア!!!!!!」
その勢いで激しく体を回転させながら後方の岩山まで吹き飛び、激突する魔王。ドンと音を立てて地面に落ち、そのまま痙攣して動かなくなる。辛うじて意識はあるものの、その一撃で戦意喪失してしまった。
「ま、魔王を一撃で沈めた……」
魔物、そしてそれを見ていた人間達から衝撃の声が上がる。
ユータはゆっくりと魔王に近づく。コリャ=ツエーは震える手で自分の顔を確認する。顎の骨が折れ、顔だけでなく全身の痛み、そして心の恐怖から涙が止まらない。そして近づくユータを見て殺されると直感した。ユータが言う。
「帰ってデラ=ツエーに伝えろ。今は(ランクが低くて)行けないが、いずれこの勇者ユータが必ず倒すと」
そして周りで震えて見ていた魔物達に「連れて帰れ」命じた。慌てて魔王を担いで逃げ出す魔物達。魔物達の撤退を見届けたユータに、薬草と魔法で幾分回復した美人姉妹がやってくる。
「す、すげえユータ!!! 惚れた! 俺を嫁にしろ!!!!」
姉のケルファにもう迷いはなかった。強き者が正義。目の前でユータの強さを見せつけられ、すでに何度も失神しそうになる程に心奪われていた。
ユータに抱き着くケルファに負けないぐらい同じく抱き着くミルファが言う。
「ユ、ユータさんは姉さんでも渡さないよ!! 私がお嫁さんになるんだから!!!」
二人の姉妹は奪い合うようにユータに抱き着く。しかしユータの様子がおかしいことに気付いた。
「あれ? ユータさん!?」
立っているユータの足がふらつき始める。そしてドンと音を立てて倒れる。驚く一同。すぐに倒れたユータを抱き上げるミルファ。そしてあることに気付いて言う。
「あれ? ユータさん、お酒臭い……」
顔を近づけて匂いをかぐケルファも言う。
「げっ、酔ってる!? ま、まさか酒に酔って魔王を倒したのか!!」
駆けつけた国王軍と共にユータを見て唖然とした。
「……ん? ここはどこだ?」
目が覚めるユータ。どこかの部屋。ベッドに寝かされている。
「起きたかユータ! 俺と結婚しろ!! 俺の子供を産め!!!」
余りに桁違いな強さのユータを前に、もはや支離滅裂なケルファ。そう言いながらユータに抱き着く。座っていたミルファが言う。
「ね、姉さん、先にずるい! 私も!!!」
そう言ってミルファもユータに抱き着く。意味が分からないユータ。
「ちょ、ちょっと待て。何がどうなったんだ!?」
ケルファが言う。
「何って、さっき外で結婚しろって言ったら抱き返してくれたじゃないか。あれが答えだろ? さ、始めるぞ、子作り」
そう言ってケルファは付けていたビキニを外そうとする。慌ててユータが言う。
「ちょっと待てって。何にも覚えていないぞ。そ、それよりゴバックはどうした?」
ユータの問いかけに同じくビキニを外そうとしていたミルファが答える。
「帰りましたよ」
「え!?」
ゴバックは魔王退治が終わったので既に帰り、この世界には居ないとのことだった。
「ま、マジかよ!! じゃあ俺も帰る、そんじゃあな!!!」
そう言ってユータはベッドから飛び降りると、すうっと光の中に消えて言った。
「ユ、ユータ!!! 待て、待ってくれ!!!」
「ユータさーーーーーん!!!!」
美人姉妹は泣きながらユータの名前を何度も呼んだ。
ユータが帰ってすぐにツエツエ王国と、その娘であるレナにそっくりな女の子が部屋にやって来た。ユータが帰ってしまったことを知り悲しがる二人。そこへ使いの者がとある人物を連れてやって来た。
「勇者マサル様をお連れ致しました」
そう言われて王の前へ導かれる片目の勇者。すぐに片膝をつき、王に深く頭を下げる。王が言う。
「この度の働き、大義であった」
勇者マサルは再度頭を下げてから、手にしていた『王者の剣』を王に手渡した。王はそれを受け取るとマサルに言った。
「魔王幹部を倒して魔王城を攻略し、そして勇者達の救出、さらに剣の奪還と貴殿こそまさに我が国の真の勇者。後にその栄誉を称えて勲章を贈ろう」
マサルは下を向いたままその話を聞く。しかしその体は小刻みに震え、体からは汗がしたたり落ちた。マサルは顔を上げて王に言った。
「王よ、私は勇者などではありません」
「うん?」
王は少しだけ首を傾げる。マサルが続ける。
「その剣はあの異世界の勇者が取り返したものです。勇者達の救出も、魔王幹部の討伐もすべてあの少年がしたことです。私は、私は何もしてはおりませぬ……」
マサルは下を向くと涙を流して言った。王は一度頷くとマサルに言う。
「正直な奴のお。知っておる、すべてユータ殿から聞いておる」
「えっ!?」
驚いて顔を上げるマサル。王が言う。
「ユータ殿には余計なことは言わぬよう頼まれておったんだがな。あと、お前には息子がいるだろ?」
マサルは一人息子のイツキのことを思い出す。頷くマサルに王が続ける。
「ユータ殿はお前には、父親にはずっと強い勇者でいて欲しいと言っておった。魔王城を攻略し、仲間を助け、王者の剣を持ち帰った強い勇者として」
「し、しかし!」
食い下がるマサルに王が言う。
「いいのじゃ。ユータ殿と共に戦ったのは事実、それで良い。そして息子には、イツキにはいつまでも憧れの勇者でいてやってくれ」
「お、王よ……」
マサルは肩を震わして涙を流す。最後に王が言う。
「ユータ殿からの伝言だ。これからも世界の平和を頼む、同じ勇者として」
「は、はい……」
とめどなく流れる涙。マサルは声を殺して泣いた。
王は窓際まで歩いて行き、そして平和に向かう景色を見ながら言った。
「しかしユータ殿はいつの間にかに魔王城を制圧し、捕まっていた勇者達を助け出し、ひとりで魔王に副将二人を倒し、美人姉妹や少年の心も救った。いやはやこれが本当の勇者なのか……」
その言葉に皆が頷いた。
「父ちゃん!!!」
イツキの元に戻った勇者マサル。その胸には王から授与された勲章が付けられている。それをまじまじと見るイツキそして言う。
「父ちゃん、凄いや!!! みんなを助けて悪い奴をやっつけたんだね!!!!」
マサルは少し間を置いてから答える。
「ああ、これからも父ちゃん、平和の為に頑張るからな」
「うん、父ちゃんは最高の勇者だよ!!!」
涙がマサルの頬を流れる。そして何度も頷きながら喜ぶイツキを抱きしめた。
「た、ただいま……、リリア……さん……」
勇者派遣本部に戻ったユータ。案の定、受付には腕組みをしてお怒りのリリアがいる。開口一番ユータを怒鳴る。
「ユータ君!! あなた魔王退治の前に泥酔したって本当なの!?」
「げっ、情報早っ!!」
怯えるユータ。
「な、何でもう知ってんだ?」
恐れ恐れ聞くユータにリリアが答える。
「ゴバックさんが教えてくれた」
「あ、あの誤爆野郎が!!!」
「ユータ君!!!!!」
「ご、ごめんんさい!!」
しっかりとリリアに叱られるユータ。そして当然の如くそこに現れるレナ。
「ユータ聞いたわよ。あなた泥酔して魔王にやられたんだって!?」
「いや、微妙に情報が違っているような……」
ユータが言うとレナが更に怒って言う。
「何言ってるのよ! どうしたあなたはいつもいつも悪いことばかりするのよ!!!」
そう言ってバシバシ殴られるユータ。ユータが言う。
「ちぇっ、ホント全然違うな……」
それを聞いたレナが言う。
「違う? 何が?」
ユータが答える。
「ああ、夢みたいなのを見たんだ。泥酔した時にレナそっくりの女の子が助けてくれた」
「へえ~、美人だったの、それ? 教えてよ」
ユータが答える。
「いや、何と言うか、お前と違っておしとやかで、優しくって、んで、介抱された時に胸揉んじゃったんだけど、すっごい大きくてよ、お前と違って」
ガン!!!
「痛ってえええええ!!!!」
「あんたって、あんたって人はあああああ!!!!!!」
口は禍の元。当然ながらバシバシ殴られるユータ。
「ご、ごめん。ごめん、俺が悪かったよ!!!」
ユータは殴られながら思った。
少しだけ、ほんの少しだけレナに殴られることを期待していた自分がいたんじゃないかと……
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