閑話2
2.学園交流会
「さ、最凶魔王だと!?」
古の時代、報告を聞いた魔王キュロスは心底慌てた。
まずまずの強さを誇り、それなりの世界を手に入れた魔王キュロス。ただ次第にその邪悪さが大きくなり、統治下の魔族や人々を苦しめ始めた。そんな時、使い魔から最凶魔王襲来の連絡が入った。
「お前がキュロスか。随分と好き勝手やっているな」
最凶魔王は平和維持のためこの世界に来てからの惨状を自身で確認し、前に立つ魔王キュロスに向かった言った。
「い、いや、違うんだ。これは……」
そう言い掛けた途端、魔王キュロスは右手を大きく上げた。
「死ねえええ、最凶魔王!!!!」
そこから放たれる強烈な衝撃波。最凶魔王は身動きひとつしない。
――勝った!!
魔王キュロスは思った。
ただその思いは、そのすぐ後にとんでもない誤りだと気付いた。
「消すぞ!!! 貴様!!!!」
自身の衝撃波より遥かに強く大きな衝撃波。それが自分を襲うのに時間は掛からなかった。
――こ、これが、最凶魔王……
魔王キュロスは薄れゆく意識の中で、その恐怖がしっかりと体に刻み込まれた。
「え? 学園親睦会?」
ユータはふらふら歩いているところをレナに呼び止められた。
「そうよ。学園親睦会。私達、先輩勇者が学園に行って、鍛錬中の後輩達とイベントを通じて親睦を深めるの。良き手本としてもね」
ユータは一瞬で面倒だと判断した。
「まあ、頑張れよ。俺は忙し……、いてててっ!!」
去ろうとするユータの耳をつねるレナ。怒った顔で言う。
「私、在園中にクラス委員だったでしょ? だからイベントの参加人員も決めなきゃいけないの。ユータも入っているんで必ず来てよ」
「はあ?」
ユータが不満そうな顔をするとレナが怒って言う。
「来なかったら……、分かるよね?」
「はい、行きます!! た、楽しみだなあ、演劇会」
その後、ユータは当然の如くレナに殴られた。
数日後、学園在校生と先輩勇者との交流会が催された。
「あ~、面倒臭せ~」
とは大声では言えず、小声でつぶやくユータ。こんな時間があるなら一人でも多くの悪い魔王でも倒しに行きたかった。レナが気付いて言う。
「ちょっとユータ邪魔よ、あなたの出番は後であるからあっちで待ってて」
ユータはヘイヘイと言うとその場を離れた。
交流会は順調に進んだ。
各種ゲームや質問会。実際の討伐談話など、これから勇者を目指す生徒達にとってはどれも興味深いものであった。そして最終イベントが始まる。
「お待たせしました! それでは在園生と卒業生による模擬戦を開始します!!!!」
その声に集まった皆から歓声が沸き上がる。
在園生にとってはこれまで学園で鍛えて来た実力が試せる場所。
卒園生にとっては現実の厳しさを教えられる場所であり、先輩として絶対に負けられない意地の戦いでもあった。
勝負は団体戦。それぞれの代表五名が先鋒、次鋒、中堅、副将、大将を選出して戦う。卒園生メンバーの選出はやはりレナが行った。試合の前、レナがユータを呼びに行く。
「あ、ユータ。こっちおいで」
「あ、何?」
「模擬戦、あんた大将だから頑張ってね」
「はあっ!?」
ユータは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。レナが言う。
「大丈夫。私が副将するんであんたまで回さないから」
「大した自信だな」
レナがウィンクして言う。
「まあね、私も強くなったんだよ!!」
そう言ってユータの手を引っ張って試合会場へと向かった。
「では一回戦。先鋒前へ!!!」
模擬戦が始まる声が掛かると集まった観衆から大きな声が上がる。在園生、卒園生はもちろん教員や現役を退いたOBなども来ている。
先鋒として呼ばれたメルが格闘場に上がる。ユータが言う。
「あれ?
レナが言う。
「うん、メルちゃん、強いよ」
主審からルール説明が始まる。
「ルールは簡単。この格闘場から落ちるか、ギブアップ、もしくは戦闘不能になったら負け。殺しはもちろん、大怪我をさせてもダメ。いいですか?」
頷くメルと在校生。主審は格闘場の横にあるホワイドボードに書かれた対戦者の名前を確認して、試合開始の声を上げた。
「行けーーー!!!」
「頑張れーーー!!!!」
試合は順調に進んだ。
やはり曲がりなりにも経験を積んだ卒業生は強く、次鋒が在園生の副将まで倒してしまった。盛り上がる会場。在園生も先輩の強さに驚きを隠せない。
しかし在園生の大将が現れて状況は一変した。
「ぎゃああ!!!」
開始直後に吹き飛ばされる卒園生。在園生の大将は強かった。桁が違う程の強さを見せて先輩勇者を倒していく。そして副将レナの番になった。
(ま、負けないから!!!)
レナは目の前で行われる一方的な試合に緊張しながらも全力で戦うと心に決めた。ユータがふらっと試合会場に顔を出す。
「始め!!!」
一瞬であった。
主審の声と同時に会場の隅の壁まで吹き飛ばされるレナ。静まる会場。それを見たユータが慌ててレナの元へ駆け寄る。
「レ、レナ!! 大丈夫か!!!」
「ううっ、ううっ……」
意識を失っているのか返事がない。ユータはレナの顔に手を当てて名前を何度も呼んだ。レナが目を覚ます。
「あれ、ユータ?」
ユータが安堵の顔を浮かべる。そしてレナが言った。
「私、負けちゃったんだね……、悔しい……」
その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。ユータが言う。
「大丈夫だ、後は俺に任せろ。お前は向こうで休んでな」
ユータはレナの頭を優しく撫でる。レナは軽く頷いて答えた。そしてやって来た救護班に肩を支えて貰いながら席に着いた。
「さて」
ユータは格闘場に立つその在園生の姿を見た。
至って普通の男子生徒。ユータはひょいと格闘場に上がる。それを見た観衆が更に大きな声を上げて騒ぎ出した。
「ええっと、このまま始めても大丈夫ですか?」
主審の問いかけに頷く二人。そして叫んだ。
「では、最終戦!! 大将ユータと、同じく大将キュロス、開始!!!!」
大将キュロスはユータを見て既視感を覚えた。何かとてつもなく嫌な感じがする。しかし改めて自身に言い聞かす。
(この俺は魔王キュロスの生まれ変わり。魔王の強さと勇者の強さを学んだ最強の俺様に敵などいない!!!)
キュロスは手にした木の剣を改めて握り直し、そして目の前に立つユータを睨んだ。初めて合う目と目。その瞬間キュロスを理由の付かない震えが襲った。
――な、何だ、この恐怖感。か、体の震えが止まらない……
開始の合図があっても全く動かない二人。それに気付いた在園生達がざわざわと騒ぎ出す。キュロスにこれまでの強さを求めていた観客から不満の声が上がり始めた。
――う、動けない……
キュロスはまるで蛇に睨まれた蛙の様にその身が硬くなった。そして気付いた。気付いてしまった。
――こ、こいつは、最凶魔王!!!
自身の脳裏に、そのDNAに深く刻み込まれた最凶魔王の強さ、恐怖。生まれ変わろうがその記憶は鮮明に覚えている。目の前の卒園生、姿形は違えどその存在は正に最凶魔王でった。
「お、おお、お前……」
これまで快勝を重ねてきたキュロスの豹変ぶりに騒めく会場。形容のし難い空気が流れる。
ポタ、ポタ……
立ったままのキュロスの顔から大量の脂汗が流れ、床に落ちる。
――こ、殺される。俺はまた、殺される……
キュロスは死を覚悟した。逃げられない。また消されるのか。そしてユータが言う。
「消すぞ……」
「ひ、ひいぃ」
ユータが歩き始める。キュロスは改めて死を覚悟した。
そしてユータは格闘場の傍にある対戦者名の元まで行って主審に言った。
「消すぞ、これ。まだレナの名前になってる」
「あ、どうぞ」
そう言うとユータはホワイトボードのレナの名前を消して、自分の名前を書いた。
ドクン、ドクン、ドクン……
自身にまで聞こえそうな心臓の音。キュロスはようやく首が動けるようになってユータを見る。名前を書き終えたユータがこちらを見ていた。
(辞退だ、こんな試合すぐに降参して、こ、この場を離れよう……)
キュロスは流れ落ちる脂汗を感じながら、必死に生延びる方法を考えた。様子がおかしいキュロスに主審が尋ねる。
「どうしのかね、君? 体調が優れないのか?」
キュロスが咄嗟に言う。
「え、は、はい。急にお腹が痛くなって……」
そう作り笑いをして答えるキュロス。そして恐る恐るユータを見る。
(げっ!!!)
そんな自分を逃がさないのか、ユータは少し身を屈めこちらに走り出す姿勢を取っている。
――バレた!! バレたぞ!! こ、殺されるううう!!!!!!
キュロスは再び死を覚悟した。自分の姑息な言動が最凶魔王の怒りの火をつけてしまったのだ。
そしてユータは光の速さでキュロスの元まで来ると、右腕を振りあげた。目を閉じるキュロス。ユータが言う。
「おい、これ使え」
「へっ!?」
ユータはキュロスの元まで走り寄ると、懐に入れておいた紙を差し出した。そして言う。
「いや~、俺もさっきお腹壊して、して来たんだ。大きいの。でも紙が無くて本当に困ってさ。そんでこれ準備しておいたんだが、良かったら使ってくれ」
「は、はあああ、あははは…………」
キュロスは全身から滝のような脂汗を流すと、そのまま泡を吹いて倒れてしまった。
「げっ、間に合わなかったのか?」
ユータは憐れんだ顔をして言った。主審が戦闘不能なキュロスを見て、勝者ユータの名前を告げた。
「ユ、ユータ!!」
交流会終了後、帰ろうとしていたユータにレナが声を掛けた。
「おお、レナ。もう大丈夫か?」
レナが頷く、そして言う。
「おめでとう、勝てて良かったね」
ユータが困った顔をして答える。
「うん、でも俺何もしていないけどなあ」
「まあいいの。運も実力の内。それよりさあ……」
レナは少し暗い顔をして言う。
「あんたトイレ行って紙無かったって言ってたよね。それでどう対処したの?」
レナが恐る恐る聞く。
「ああ、手で拭いた」
「手っ……!?」
ユータが言う。
「仕方ねえだろ。試合中で誰も居ねえし。エコでいいぞ」
レナが震えながら言う。
「でさあ、ユータ。あなた、その手で私の顔触ったり、頭撫でたりしたよね……」
「あっ」
ユータはレナが負けた後、彼女を介抱した時のことを思い出した。
「だ、大丈夫だ、レナ。ちゃ、ちゃんと洗ったし、き、気にするな。あんまり……」
バーン!!!
「痛ってえええええ!!!!」
「気にしない訳ないでしょ!!!!!!!」
「わわっ、ご、ごめんよおおお!!!!」
ユータは殴られながら思った。
ウンが付いたので運よく勝てたんだろうが、そんな詰まらぬ事を言ったら火に油を注ぐことになるんだろうなあ、と。
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