5.甘い約束

翌日、国王にすべてのことを報告するユータ。


「あ、あの大臣が……、信じられん……」



国王は驚きの表情をして言った。


「もう姫を襲う奴はいないから、安心してくれ。はいこれ」


ユータが国王に依頼指示書を渡す。サインをする国王。ユータは満足そうに書類を受け取る。


「もう帰るのか?」


そう尋ねる国王にユータが言う。


「ああ、仕事も終わったんでな」



「あ、ありがとう。ユータ……」


隣にいたレーアが素直にユータに言った。


「おお、姫さんか。じゃあまたな」


帰ろうとするユータにレーアが言う。



「わ、私の名前はレーアよ。ちゃんと名前で呼びなさい!!」


「お、それは悪かった。じゃあなレーア」



国王、そしてそこにいた側近の者達すべてがそのやり取りに驚いた。



――姫が、王族以外の者に名前で呼ばせた



亡き母が付けてくれた名前。

誇り高く、そして愛すべき名前。

それを呼ばせているのは王族と一部の者のみであった。国王にとってこれはこの上なく衝撃的な出来事であった。




「も、もう少し居てもいいわよ……」


レーアが小声で言う。


「は? 帰れってお前に毎日言われたぞ」


レーアが顔を赤くして言う。



「そ、そうなんだけど、あなたが居たいって言うなら、い、居てもいいわ」


思わぬ展開に国王以下皆が固まる。



「何言ってるんだ。仕事終わったんで帰るぞ」


「ご、護衛は!!」


「大臣をやっつけたろ? もう大丈夫だ」


「でも、また誰かが……」


食い下がるレーアにユータが言う。



「心配するな、また来る」


「え?」


驚くレーア。


「約束したろ、またケーキ焼いてくれるって」


「あ!」



突如思い出すレーア。


「あ、あれは……」


「また食べに来るぜ、じゃあな!!」


そう言ってユータは光の中に消えて行った。

レーアはその場にへなへなと座り込んでしまった。そしていつの間にか自分の目から涙が流れている事に気付いた。




ユータが去った後、義弟のフレデリックがレーアに尋ねる。


「姉上、ケーキって何のことでしょうか」


「何でもないわ」


すっと涙を拭い笑顔で答えるレーア。



――王族とか姫とか関係ない。次は女のプライドをかけて絶対「美味しい」って言わせてやるわよ!!


レーアは心の中で自分自身に強く誓った。






「ただいまー、リリア!!」


「あ。お帰りユータ!! 無事帰って来てくれて嬉しいよ」


勇者派遣本部に戻ったユータはリリアに依頼指示書を手渡した。じっと眺めるリリア。


「ど、どうした?」


「いえ、普通に問題なく終わらせてきたって、珍しいねえ……」


「おいおい、何だよそりゃ。俺だって毎回頑張ってるんだぜ」


「あははは、ごめんね」


リリアが頷きながら書類を片付ける。ユータは飲酒したことは黙っておこうと思った。



「そう言えばハーゲンさんはいるか?」


ユータがリリアに尋ねる。


「ハーゲンさん? 居るわよ。裏の休憩室でお茶飲んでるよ」


「そうか、ちょっと呼んで来てくれないか。お土産がある」


リリアははーいと言って裏にいるハーゲンを呼びに行った。



「おう、ユータか。元気でやっとるか?」


ハーゲンは相変わらずの巨体を揺らしながら奥から出てきた。


「ハーゲンさん、お久しぶりです。これお土産」



ユータはそう言うと道具袋の中から、ケーキを取り出し皿に盛った。


「ケーキ? 悪いな俺、甘い物苦手なんだ……」


ハーゲンは禿げた頭をペタペタと叩きながらユータに言った。


「いや、これ甘くないんじゃなくて、ああケーキだから甘いんだけど、その……何と言うか……」


思わぬ展開に焦るユータ。



二人のやり取りを見ていたリリアが、


「要らないなら私食べるね」


と言って一口ケーキを食べる。

そしてさらに仕事を終えて疲れた顔をしてやって来たレナが、


「あ! 美味しそうなケーキ! ちょうど甘いもの食べたかったんだ!!」


と言ってやはりケーキを食べる。



「ああ、おい待て、やめろ!!!」


止めに入ったユータだが、時すでに遅し。


「ぎゃああああ!!!」


喉を押さえて叫ぶ二人。



ガン!!!


「痛ったーーーー!!!!」


涙目になって言うユータ。



「だから、待てって……」


「うるさい!!!」


ガン!!!


「痛ってーーーーー!!!!」


「神聖なケーキを侮辱しおって、許さん!!!!」


「ひえ~!!」



ユータは殴られながら思った。

塩辛いケーキならご飯のおかずになるかもしれないが、今そんなことを言ったら絶対に後悔するんだろうな、と。

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