2.祝福イベント
魔王ゴンザレスを倒したユータ。
少し遅れたがレナに連れられて勇者登録の為に、【勇者派遣本部】にやって来た。
「おお!! ここが勇者派遣本部!! さすが立派だな!!」
勇者派遣本部に着いたユータは周りをきょろきょろ見回す。大理石の床に同じく大理石の丸い柱。腰に剣を下げ、盾を持った先輩勇者もたくさん歩いている。
「ユータさんに、レナさんですね。お待ちしておりました。こちらに必要事項をご記入ください」
受付で美人のお姉さんが対応してくれた。
「おお!! これが噂の【美人受付嬢】!! 勇者になった甲斐があるもんだな!」
受付嬢はにっこり笑って答えた。
「受付のリリアです。美人ですが死んだら二度と会えないので、あんまり死なないようにしてくださいね」
リリアはさらっと恐ろしいことを言う。
会話を聞いていたレナが、リリアの胸元の大きく開いた服を見て鼻の下を伸ばすユータの腕をつねる。
「痛い痛い痛い!! 何するんだよ、レナ!」
「あ~ら、ごめんね。ちょっと書いてて間違えたわ」
「いや、何をどう間違えたらそうなるんだ?」
レナはユータを無視して受付票に記入する。
リリアは二人にこれからの活動について説明し始めた。
「お二人は今日これで初めて正式な勇者となりました。クラスは【ちびっこ勇者】です。まだ駆け出しですが様々な依頼をこなして、是非上級勇者や大勇者になってくださいね。なれたら婿候補にしてやるぞ」
「んっ?」
何か関係のない説明が聞こえたと思い、記入していたレナの手が止まる。一方ユータはむっとした顔で言う。
「ちょっと待て。【ちびっこ勇者】って何だよ。学園にいた頃のクラスが【見習い勇者】だったのに、劣化してるじゃん。階級……」
リリアが答える。
「大丈夫、大丈夫。そんなの早くクラス上げて名前変えちゃえばいいから。上級勇者や大勇者になったら婿にしてやるから」
バキッ、リナの持っていた鉛筆が折れる音がした。
コホンと軽くセキをしてからリリアが続ける。
「クエストの依頼はここ【勇者派遣本部】で受けてください。最初は初級の簡単な依頼から受けて、慣れてきたら難しい依頼にも挑戦してくださいね。仕事が終わったら依頼主に依頼指示書にサインを貰って、ここで報酬を受けて終わりです」
「どんな依頼があるんだ? やっぱり魔王退治だよな?」
リリアは笑顔で答える。
「そうですね、魔王退治が多いですねですね。ただその他特殊な依頼もあるので、見つけたら是非挑戦してください」
「魔王ってそんなにいるのか?」
ユータがちょっと真剣な顔をして言う。
「ええ。異世界の数は無限です。異世界モノって多いでしょ? で、異世界って大体魔王に襲われているので、勇者需要は尽きることはないんですよ」
「そんなもんなのか。で、俺達が派遣される訳だ。早く平和にしなきゃな」
リリアの説明にユータが答えた。
「ええっと、それで異世界への行き方ですが、あちらにあるドアから行きます」
リリアが指差す方に無数のドアが見える。そのすべてのドアの前に職員が立っている。
「依頼指示書を貰ったら、誰でもいいのであの職員に見せて下さい。依頼番号があるのでそれを入力してくれるので、そのドアから異世界に行くことができます。はい、あとこれが木の剣と盾」
受け取るユータとレナ。
「本当に木の剣と盾だな」
苦笑するリリアが言う。
「では二人にはこれから祝福イベントに行って貰います」
「祝福イベント!?」
不思議そうな顔をするユータ。レナが隣で言う。
「あなた何聞いてるのよ、講義の最後の方で説明あったでしょ? 私達に弱い魔物を倒させてその門出を祝福するイベント」
「ああ、なんかあったな……」
真面目に考えるユータ。リリアが言う。
「ええ、そうですよ。この地図に描かれた場所に行って『コモド・オオトカーゲ』を倒して下さい。これからの皆さんの飛躍をお祈りしてますね」
「子供のトカゲを倒すのか?」
「違うわよ、『コモド・オオトカーゲ』。勇者学園を出たなら問題ないはずだけど、最下級とは言え一応ドラゴンだから気を付けてね」
「ふーん、分かった」
「あと、その先には勇者温泉があるか汗も流してくるといいわ」
「温泉もあるの!?」
レナが目を輝かせて言う。
「そうよ、魔物退治が終わったら是非どうぞ。さ、ではまずレナさんから先に向かってください」
そう言うとレナは返事をしてすぐに指定された洞窟へ向かった。
「ユータ君はしばらく待ってから行ってね」
リリアは笑顔で言った。
「待つだけって地味に辛いな……、さて、行くか」
ユータは指定された時間になると木の装備を持って、レナが向かった洞窟へ移動した。しかしユータが出掛けた数時間後、受付にいたリリアはある事に気付く。
「あれ、何で新人君たちの地図がこんなに余ってるのかな?」
そしてその隣にあった別の地図がないことに気付き大粒の汗を流す。
「ま、まさか……、私とんでもない間違いを……」
リリアは直ぐに上司に報告し、上級勇者の手配を行った。
ユータは洞窟内をひとり歩く。中は意外と暗く、そして深い。魔物はいないが、漂って来る何かの強い気配が体に突き刺さる。
そしてユータは最下部に辿り着くと、予想していなかった光景に出くわした。
「はあ、はあ……、何て強さだ…………」
そこには先に来ていた数名の卒園生が酷く怪我をして
「これが子供のトカゲなのか?」
それはその洞窟の高い天井の半分はあるかのような巨大な漆黒のドラゴン。鋭い牙、そして爪。足の大きさだけでユータほどもある巨体。黒々とした皮膚は鋼鉄の様に光りを放ち、先に来た者が付けたであろう微かな傷がつけられている。
そしてユータは地面に倒れているその女性を見て叫んだ。
「レ、レナ!!!!」
先に来ていたレナが全身傷だらけで地面に伏せている。すぐにレナの元へ駆け寄るユータ。レナはユータに気付くと小さな声で言った。
「ユ、ユータ、逃げて。あれはブラックドラゴン。私達では敵わないわ。逃げて、助けを呼んで……」
レナはそこまで言うと気を失ってユータの腕の中で倒れた。
ユータはレナをゆっくりと地面に寝かせると、体を震わせながら立ち上がった。それに気付くブラックドラゴン。大きな咆哮と共に言った。
「グオオオオオン!!! お前達皆殺しだあああ!!!!!!」
「ひ、ひえええ~!!」
傷つき倒れていた他の勇者達はその声を聞いて、皆起き上がり逃げ出して行った。ひとり立つユータにドラゴンが言う。
「ガハハハッ! 貴様、死にたいのか?」
「……これ、お前がやったのか」
ユータは地面に倒れるレナを指さして言った。
「当たり前よ!! こんな場所に長きに渡り我を閉じ込めて、この積年の恨み。ここで晴らさんで置くべきか!!!」
「動くな」
「はあ!? な、何を言っておる、貴様」
ブラックドラゴンはあからさまに怒りの表情で言った。
「聞こえなかったのか、動くなと言ったのだ。俺はレナを連れて直ぐ帰る。お前には後でしっかりと礼をしてやる」
その言葉を聞いたブラックドラゴンの顔が激怒の表情へと変わる。
「き、貴様あああ!!! 雑魚の分際で!!!」
そう言ってブラックドラゴンがその太い尻尾を振り上げユータに叩きつけようとした。その時であった。
シュン!!
「えっ!?」
ブラックドラゴンがその太い尻尾を振り上げたと同時に、その尻尾が切れてドンと言う音共に地面に落ちた。
「グワ、グアアアアア!!!!!」
洞窟内に響き渡るドラゴンの叫び声。ユータが言う。
「動くなと言っただろ。聞こえなかったのか、コドモドラゴン」
尻尾を斬られたブラックドラゴンが更に怒り狂いながら言う。
「ふざけるな、ふざけるなよ。こんな馬鹿な。何か強力な武器でも持っているはずだ!!」
ブラックドラゴンは目の前にいる自分よりも遥かに小さいユータを見て言う。ユータが答える。
「まだ分からぬか、愚か者め」
そう言ってユータは持っていた木の剣を投げ捨てた。カランカランと乾いた音が洞窟内に響く。
「な、なに!?」
驚くブラックドラゴンにユータが言う。
「お前などこの右手だけで十分だ!!」
そう言うとユータは少し身を屈めるとふっと姿を消した。
ドン! ドーーン!!!
ブラックドラゴンは腹部に重い痛みを感じた。それと同時に顎の下にそれよりも更に重い痛みが走る。
「グオオオオオン!!!!」
その痛みに頭が真っ白になり、そして体を支えきれなくなりその場に倒れ込む。ショックで体が動かなくなり、目の前の焦点も合わない。口から溢れ出る流血。ブラックドラゴンは何が起きたのか全く理解できなかった。
「レナをケガさせたお礼、こんなもんじゃ済まねえぞ」
ブラックドラゴンは顔のすぐ傍に立つ、鳥肌が立つ様な邪気を持ったその存在に心底怯えた。これは魔王の邪気。ブラックドラゴンは震えながらようやく回復してきた目でその人物を見上げた。そして驚きと共に言う。
「お、お前は、一体何者…………」
ユータが言う。
「聞こえたか? 俺はレナを連れて帰る。邪魔するなよ。子どもドラゴン」
ブラックドラゴンはその言葉に全身を激しく震わせ、そしてそのまま気を失った。
「さてと」
そう言うとユータは荷物を拾い、倒れているレナを担ぎ上げる。
「わ、レナって、こんなに成長していたのか!?」
ユータは担ぎ上げる時に掴んだレナの胸を見て言った。
「こ、これは不可抗力。さて、急いで帰ろうか」
ユータ達がその洞窟を出た後、慌てて派遣された上級勇者が洞窟内へやって来た。そしてその光景を見て皆が驚く。
「な、なんだこれ。ブラックドラゴンが倒れているぞ……」
そこには体の骨を折られ気絶しているブラックドラゴンが横たわっていた。
「新人達じゃなかったのか、ここに来たのは?」
周りを確認しながら上級勇者達が言う。
「通りすがりのベテラン勇者が倒したんじゃないか」
上級勇者達は皆納得し、現場を確認して引き上げて行った。
ユータは怪我をしたレナを医務室へ運ぶと直ぐに受付へ向かった。リリアが驚いた顔をして言う。
「あれ、ユータ君? ドラゴンは大丈夫だった?」
ユータが答える。
「ん? ドラゴン? ああ、倒したぞ」
「ええ! そうなの? ドラゴンよ? 黒いやつ!!」
「黒いドラゴンだろ? 倒したってば……」
リナが更に言う。
「つ、強かったでしょ、ドラゴン……」
「いや、弱かったぞ」
さらっと言うユータにリリアは考え込む。
(あれ? やっぱりちゃんとした地図を渡していたのかな?)
ユータが言う。
「それより早く魔王退治に行かせてくれ」
リリアが答える。
「分かったわ、えーと……」
「大魔王デラ=ツエーがいい」
「あははは、何言ってるの! それはダメよ、ユータ君は【ちびっこ勇者】だから、もっと階級上げないと」
「えー、そうなのか?」
ユータが残念そうに言う。リリアが一枚の紙を持って言う。
「ユータ君、これなんてどうかな。ぴったりの依頼が……」
「ユ、ユータ……」
ユータが振り向くと、松葉杖をついたレナが歩いて来る。
「おお、レナ。もう大丈夫か?」
レナが言う。
「うん、助けてくれてありがとう。よく逃げられたわね……」
(逃げられた?)
ユータは一瞬首をひねったが直ぐにある事を思い出して言った。
「あ、そうそうレナ。これ、忘れ物な。落ちてたぞ」
そう言ってユータは洞窟で拾ったレナのパンツを手渡した。
「えっ!?」
固まるレナ。それは温泉用に準備していた物だった。ユータが言う。
「お前、顔に似合わず意外とかわいいパンツ履いてんだな。はははっ」
一瞬で顔を赤らめるレナ。そして松葉杖を振り上げる。
バーーン!!!
「痛ってええええ!!!」
レナが叫ぶ。
「あ、あなたってもう、ほ、本当に最低ね!!!」
「あわわわ、ご、ごめん、俺が悪かった!! む、胸を揉んだのは不可抗力だからな!!」
「えっ!?」
「あっ」
ユータはもうどうしようもない状況に追い込まれた事を理解した。
「ユ・ウ・ダアアアアアア!!!!」
「わわっ! リ、リリア、これ貰うぞ!!!」
ユータはそう言うとリリアが渡そうとしていた依頼指示書を取ると、扉の方へ逃げるように走って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます