3.護衛

翌朝、ユータに内緒で外出しようとするレーア。お供は数名の配下のみ。


「姫様、よろしいのでしょうか。勇者様に内緒で……」


配下の者がレーアに尋ねる。


「大丈夫よ。あいつうるさいし。それに私の方が強いわ」


「はあ……」



城を出て森に入るレーア達。狙うはレアな魔物。レーアはきょろきょろと周りを見ながら進む。


(来ました、姫です。護衛の勇者は……、いないようです)


(分かった、ご苦労。くくくっ……)


そんな姫達を森の影から見つめる怪しい者達。そして剣を取り出し不気味に笑った。






一方、ユータは昨夜バーで仕入れた情報をもとに山を越え、早速魔王城にやって来た。


「たのもーーっ、ってこれじゃだめか」


「誰だー、怪しい奴!!!」



魔王城から魔物達がたくさん出て来てユータに言った。


「心配するな、俺は怪しい者ではない。優しい勇者だ」


「ゆ、勇者!?」


魔物達は勇者という言葉に驚き、そして騒ぎ始めた。



「いや、勇者だけど別にお前らをやっつける訳でも、皆殺しにする訳でもな……」


「や、やっつける!? 皆殺し!?」


更に騒ぎ始める魔物達。


「いや、だから違うってば……」



ユータがそう言うと城の奥からひと際魔力の高い何かが出てきた。


「ま、魔王様!!」


魔王様と呼ばれたその男はゆっくり魔物達の前までやって来た。

真っ黒な肌。すらっと伸びた背。そして真っ黒なコートを全身に纏った姿。それはまさに魔王の風格であった。ユータに言う。


「勇者か、何しに来た?」


「聞きたいことがあって来た」



「………」


少しの沈黙が二人を包む。


「入れ」


「ああ、邪魔する」


魔王はユータを城内に招き入れた。




「なるほど、で、我々のところに来たって訳か……」


ユータは魔王とテーブルに座り、ここにやって来た目的を簡潔に話した。



「悪いが私も知らない。それよりも国王の娘はどうにかならんのか。会えば剣で斬られる同胞が後を絶たん……」


ユータは苦笑いをして答えた。


「らしいなあ……、それは悪いと思っている。今後させないように指導する」


「それは有難い。我々も無駄な争いは望まない」


魔王は冷静に答えた。



「ところで……」


魔王は改めてユータを見て言った。


「最近我々の同胞が姿を消している。数こそ少ないが確実にいなくなっている。勇者よ、何か心当たりはないか?」


ユータは腕組みをして考えて答えた。



「心当たりはないなあ。何かあれば連絡するよ」


「ああ、頼む」


ユータは少し腕を組んで考えた。


(嫌な予感がする……)



「魔王よ、悪いなちょっと急いで戻ることにする」


驚いた魔王が言う。



「食事の用意をしたのにもう行くのか?」


「ああ、すまん。嫌な予感がするんで。急ぐわ」


「ああ、気をつけてな」


ユータは魔王に別れを告げると、すぐに魔王城を出た。





「はあ、はあ、はあ…………」


レーアと共にいた護衛の者はすべて倒され、彼女はたったひとり剣を握りしめて戦っていた。



「ワ、ワール大臣、もうやめなさい! 罪を認めるならば赦免しゃめんも考えよう……」


ワール大臣と呼ばれたその男の周りには、鋭いナイフを持った殺し屋達が数人並ぶ。ワール大臣は剣を突き付けレーアに言った。



「よくぞこの状態でそのような戯言が言えますな、お姫様。フレデリック王子即位の為、早く死んでくだされ」


義弟フレデリックとレーアとは母親が違う。

レーア自身もフレデリックを次期王に推挙する勢力がある事は知っていたが、まさかこうやって本当に自分の命を狙って来るなど思っても見なかった。



「こ、こんなことをして許されると思って!」


大臣が言う。


「許されるも何も、あなたは死ぬんですよ、ここで。魔物に殺されたとして」


「くっ」


レーアの剣を持つ手に力が入る。



「やってしまいなさい。あなた達。焼くなり煮るなり好きになさい」


大臣がそう言うと周りの殺し屋達が音もなくレーアに近付く。


「はっ!!」


カンカンカン!!


数名の攻撃を受けながら辛うじて剣ではねのけるレーア。



「はああああ!!!」


カンカンカンカン!!!!


気迫だけは負けないレーアは、殺し屋に囲まれても気持ちだけで剣を振った。





「もういいです。私がやります」


状況を見かねた大臣が殺し屋達に言った。


「あ、あなた、私より弱いでしょ? はあ、はあ、勝てると思って?」


レーアは冷静になって大臣に言った。



「ええ、勝てませんよ。このままじゃね」


そう言うと大臣は懐から一本の注射器を取り出して自分に刺した。



「……ぐあああああああ!!」


注射された大臣の顔がどんどん紫色に変化して行く。そして体中の筋肉が盛り上がり、元の体の倍ぐらいの大きさになった。



「な、何やってるの……」


レーアが青い顔をして言う。


「はあ、はあ、魔族神体……、魔族の肉体と人間の頭脳を持った、最強生物の完成だ……」


大臣から発せられるオーラ。確かに通常の人間のものではない。



レーアは震えていた。

自身が強い分だけ、相手の力量が分かる。

そして目の前にいるその生物は明らかに自分より強かった。



(ま、負けられ……ない……)


剣を持つレーアの手には汗が大量に噴き出ていた。それでも剣を強く持つ。




「はああああ!!!」


レーアは全力で大臣の元に走り込み、思い切り斬り込んだ。



ガン! バキーーーン!!!!


「えっ!?」


大臣を斬り込んだ剣は、その強靭な肉体に当たるとまるで木の枝のように簡単に折れてしまった。



「そ、そんな……」


ドン!!


「きゃあ!!」


大臣の右手から強烈な拳がレーアの腹部を直撃する。

後方数メートルまで吹き飛ばされるレーア。


「ぐはっ、ぐはっ、はあ、はあ……」


あばらの数本が折れたようだ。レーアは激痛が走る胸を押さえながら立ち上がる。



「どうだこの肉体! 大金をかけ、魔物研究の末たどり着いたこの美体!!」


大臣は自分の体をうっとりするような眼で眺める。



「……き、気持ち悪いわよ、あなた」


「まだそんな生意気な口がきけて!!!!」


大臣は怒りの表情をすると目にも止まらぬ速さでレーアの元に走り、その首を掴み上げた。



「ぐ、ぐぐぐっ……」


息ができずに苦しむレーア。


「強いのよ、私。あんなにお強かった姫様あなたよりずっと……」


大臣はレーアの首を絞める手に更に力を入れる。



「ぐ、ぐあああぁぁぁ……」


既に気を失う寸前のレーア。そこに大臣の左手の鉄拳が腹部に叩きこまれる。



ドン!


「ぐっ、うわっ……」


レーアを地面に投げ捨てる大臣。



「弱い、こんなに弱くてツマラナイ。ちょっとそれ貸して」


大臣は後ろにいた殺し屋から鋭利なナイフを受け取ると、レーアに近付いた。

体中の激痛と死の恐怖に全身が震えるレーア。目からは大粒の涙が流れる。勝手に外に出たことを後悔していた。もう体も動かない。



――こんな事になるなんて、こんな事に……



「これで終わりね。お姫様」


大臣がナイフを振り上げる。




――怖い、怖い、助けて、助けて………、ユータあああああ!!!



ガン!!!


「えっ?」



地面に落とされ薄れゆく意識の中で、レーアは自分の目の前にひとりの少年が立っていることに気付いた。



「……だ、……れ………?」


その少年はレーアの体を起こすと自分の膝の上に乗せ、そして薬草を口に入れた。


「だから勝手に外に行くなって言っただろ。ジャジャ馬姫が」



(ユ、ユータ……、なの?)


即効性の薬草の為か、すぐに体力が回復し始めるレーア。体を起こしてその少年がユータであることを改めて確認した。



「なぜ……?」


「なぜって、俺はお前の護衛だろ。それに……」


ユータがレーアの涙を拭って言う。


「男が泣いている女を助けるのに理由なんて要るのか」


「な、何を言って……、バカ……」



レーアはふらふらと立ち上がる。


「あなた私より弱いくせに……。は、早く逃げなさい!!」


ユータは呆れた顔をして言う。



「お前ボロボロだろ? いいからその辺の隅っこ行って休んでろ」


「あ、あなたじゃ……」


「心配するな。お姫様」




ワール大臣は動けなかった。

ユータにナイフを弾かれて、そして彼がレーアを介抱するその間。


隙はあった。

でも体が動かなかった。

まるで蛇のオーラに触れたカエル。

こんな小さな体から発せられる恐ろしいまでのオーラ。


大臣のナイフを持つ手が震える。

そして理解していた。

少しでも変な気を起こせば、確実に自分がられる、と。


大臣は全身に流れる汗を感じた。

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