5.強い心
カレハのいる【離れ】の入り口に現れた巨大な魔物。
その形状はやはり脳ミソのような形をしており、それは人型と言うよりはドス黒い腐った脳ミソのようなものであった。
「モブ、斬り込め」
「え?」
「早くしろ、来るぞ」
「で、でも、あんなのは……」
「お前がカレハを助けるんじゃないのか?」
「……」
「奪うぞ、お前の
「う、うわああーーーー!!!」
モブは持っていた剣を振り回しながら異形の魔物に突入して行った。
ボン!
モブの持っていた剣が魔物に当たる。弱々しい剣で傷のひとつもつけられない。
「力を、力を込めろ!!」
ユータの叫び声に応じて思い切り剣に力を込めるモブ。
プツン! シュー!!
「うわ!!」
モブが力を込めて押した剣は辛うじて魔物の皮膚を少しだけ傷つける。そしてその傷から青色の液体が飛び出して来てモブにかかる。
「グワアアアン!!」
ドン! ドンドン!!
「ぐ、ふっ……」
魔物は怒り、脳ミソのような触手でモブに攻撃する。
ドン!
「ぐはっ!!」
触手の攻撃を受け口から血を吐き出すモブ。しかしそれでもまだ持っている剣を押し込もうとする。
ドン! ドン!
「ぐっ!」
そしてそれまでとは一回り大きな触手がモブを襲おうとした時、モブの目の前を一筋の光が走った。
シュン!
異形の魔物はその線に沿って真っ二つ斬られる。そしてクーレの時同様にシューと音と立てて消え去った。
「大丈夫か、モブ」
「ええ、体中痛くて死にそうですが……」
ユータはモブに手を貸すと薬草を飲ませた。
「ごほっ、ごほっ」
薬草を飲ませたがダメージが大きかったので簡単には回復しない。
「行けるか? 奥へ」
「も、もちろんです……」
ユータとモブは離れに入ろうとした。その時、
「うわああーーーー!!!」
前方から誰かがこちらに走って来る。
「クーレ? ……えっ!?」
走って来たのは服装からも間違いなくクーレであった。しかしその顔はこれまで見てきた者同様にドス黒い脳ミソのような異形になっていた。
「ク、クーレさん!!」
「うわああ、うわああーーー!!! ヘルプ・ミィィィ!!!!」
クーレは顔を抑えながらユータ達の横を走って離れの外へ出て行った。
「……モブ、覚悟はいいか? 今なら引き返せる」
モブは血塗れの顔を左右に振ると笑顔で言った。
「僕が助けないで、誰がカレハちゃんを助けるんですか……、行きましょう、ユータさん」
ユータは頷いて奥の間へ向かった。
奥の間はそれはとても広い空間であった。
壁にある引き戸は全て開けられ、風通しの良い空間。その先には日本庭園を思わせるような美しい中庭がある。
しかし間の中心にはその美しさとはまるで対照的な禍々しい存在があった。
「あら、まだいらっしゃったの? 今日はお客さんが多いわね」
奥の間の中心にいたカレハはやはり顔を包帯でぐるぐる巻きにしており、顔自体は見ることができない。人型をしてはいるが、その重圧感はこれまでの魔物とは比べ物にならない。完全に魔物と化している。
「カレハちゃん……」
モブが力なく言う。
やがてカレハは顔に巻いた包帯をゆっくりと外していった。その顔はやはりドス黒い脳ミソのような異形で見る者を圧倒する。カレハは包帯を床に捨てると言った。
「どお? わたし、きれい?」
その目は真っすぐユータを捉えている。
しかしユータ、モブ共に何の変化もない。
「カレハちゃん……」
モブの目からは涙が流れる。
「わだじ、ぎれいがって……ぎいでるだろーーーー!! ぶはーー!!!」
そう言うとカレハは口から真っ黒な霧のようなものを吐き出した。
「ふん!!」
ユータは剣を下から上に振り上げて空気の渦を作り出し、すべての霧を振り払った。
「ガレハちゃーーーーん!!!」
モブがありったけの声で叫ぶも、最早その声は彼女には届かなかった。
「下がってろ、モブ」
ユータはモブの前に立つとカレハを見た。カレハが言う。
「なあに、あなたが私の相手をして……、えっ?」
「はああっ!!!」
「ひいっ!?」
ユータがカレハの前で気合を入れると、カレハはその覇気で体が動けなくなった。感じる深く強い力。その小さなユータの体が山よりも大きく見える。
ユータはゆっくりと剣を構えて詠唱を始めた。
「48剣技がひとつ・30の
ユータは持っていた剣を下に構え大きく上に持ち上げてから、思い切り床に突き刺した。
ドン! シューーー!!
ユータが突き刺した剣を中心に空間に波紋状に波動が広がる。
「グッ!? グワアアアン!!」
その波紋がカレハを捉えると、その頭上に真っ黒な浮遊物がはじき出された。
「そこだーーー!!!」
ユータは刺さっていた剣を抜き、その黒い浮遊物に投げつける。
「ギュエオオオンン!!!」
その黒い浮遊物は剣を受けると叫び声を上げて消え去った。
ドン
倒れ込むカレハ。
「カレハちゃん!!!」
モブが走ってカレハの元に行き抱きかかえる。その顔は先ほどまでの脳ミソのような異形ではなく、モブも知っている以前のカレハの顔に戻っていた。
「カレハちゃん! カレハちゃん!」
剣を収めながらユータがモブに言う。
「大丈夫だ。カレハに憑りついていた悪霊は祓った。そいつが魔物化させていたのだろう」
「どこからそんな悪霊が……」
「分からない。ただあれは恐らく彼女自身が生み出したものだと思う。そして外にいた魔物も恐らくその
「そう……ですか……」
「ううっ……」
モブの腕の中で気を失っていたカレハが目を覚ました。
「こ、ここは……?」
「カレハちゃん、気が付いた?」
モブがそう声を掛けると、離れの入り口から誰かが走ってやって来た。
「カレハーーー!!!」
見知らぬ顔である。ユータが聞く。
「誰だ、お前?」
「お、お父様!!」
モブと共に立ち上がったカレハが言う。
「お、お父様? ってことは顔が戻ったのか?」
「おお、カレハ無事で、無事で良かった……良かった……」
当主は泣きながらその場に崩れた。
「私……、どうして……」
「助けて貰ったんだ、あの勇者に……」
モブがユータを指さしてカレハに言った。
「勇者、様……?」
ユータがカレハに近づいて言う。
「カレハ。顔にコンプレックスがあるお前に『大丈夫だ』とか『気にするな』などと言う無責任なことは言わない。ただ、ここにお前のことを真剣に思っている男がここにいる……」
ユータはそう言うとモブの肩に手をかけた。
「受けるにせよ断るにせよ、こいつに真面目に向き合おうとしなかったお前の心は顔なんかよりずっと醜いぞ」
「モブ……君……」
モブが顔を赤らめて涙を流して言う。
「カレハちゃん、好きだ! 一緒に、一緒に暮らそう。悪い奴が来たら、僕がやっつけるから、だから一緒に……一緒に……、ううっうう……」
カレハを抱きしめるモブ。ユータが言う。
「こいつはな、お前の為に振れもしない剣を一生懸命振って魔物と戦い、もうボロボロなんだぞ」
カレハはモブを見てから頬に涙を流して答える。
「ごめんね、モブ君。私が間違っていたわ……。私、馬鹿で……、我儘で……。モブ君、不束者だけど、どうかよろしくね……」
「ううっ、うわああん!!」
大声で泣くモブ。
「よくやってくれた勇者殿! そしてモブ君。娘を、娘をよろしく頼むぞ。頼りない親に代わって娘を……、ううっ……」
「
「早く、孫の顔を見せておくれ……」
「はいっ」
ユータはモブの元に行き言った。
「人の心を癒すのはやはり人の心。モブ、あとは頼んだぞ」
「はい、ありがとう……ユータさん……」
「うむ、じゃあ俺の仕事は終わった。喧嘩するなよ、二人とも。いつまでも夫婦金満で!!」
ユータはそう言うと笑顔のまま光の中へ去って行った。
(ユータさん、ありがとうございました。あなたに教わった強い心でこれからずっと愛するカレハと一緒に生きて行きます)
そう心の中で言うとモブはカレハをぎゅっと抱きしめた。
「ただいまー」
ユータは久しぶりに派遣勇者本部に戻ってきた。
「おかえりー、ユータ君」
いつも通り笑顔でリリアが迎える。
「ほい、依頼書」
「ありがと。うんうん、今回もしっかりとやってくれたようね」
「まあな」
ユータは嬉しそうに答える。
「……で、あちらの方も、またしっかりやってれたようね」
「あちら?」
ユータの顔が一瞬曇る。
「また請求書、来てたわよ」
「え! な、何のだよ! 俺、今回何も壊していないぞ!!」
「バーの請求書。しかも二人分。ユータ君、あなたまたお酒飲んだの?」
「げっ! 忘れてた。くそっ、モブの奴め……」
「なに、なに?」
またどこからともなくレナが現れる。
「またユータ君がお酒を……」
ぎっとユータを睨むレナ。
「あんた、また? 未成年が酒飲んだらいかんだろ!!」
「ひえっ!! ち、違うんだ!! ごめん!!」
「次やったらホント許さないからね!」
「わ、わかったよ。でも依頼はちゃんとこなしたぜ」
「どんな依頼だっけ?」
ユータは腕組みをして言う。
「ああ、(心が)ブスでブサイクっていう女がいて、それ見るとみんなブス、じゃなかったブサイクになって。そんでブスがブスブスとたくさん増えて……」
リリアとレナの雰囲気が変わる。
そこへ仕事を終えたハーゲンがやって来た。
「おお、ユータ探したぞ。良い美容整形見つかったぞ!」
ユータはハーゲンに美容整形の依頼をしていたことを思い出した。ハーゲンがレナとリリを見て言う。
「……で、この二人か? 整形が必要ってのは?」
バン! ドーン!!
「痛ってーーー!!!」
「痛っでーーーー!!! なんで俺まで……?」
「うるさい、ブスとかブサイクとか女子の前で言うな!! あー、腹が立つ!!」
帳簿を持ったリリアが怒り心頭で言う。同じく剣を持ったレナも鬼の形相で怒鳴る。
「挙句の果てにせ、整形だと!! ふざけるな!!!」
バン! バン ドーーーン!!!
「ご、ごめんなさーーーい!!!!」
ユータとハーゲンは思った。
女には決して言ってはいけない禁句があるんだ、と。
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