3.モブ君

「ユータさん!」


当主の家を出て街に向おうとしたユータを誰かが呼び止めた。


「ええっと、確か脇、役の……」


モブは不思議な顔を言う。



「ワキ・ヤクではありません。モブと言います」


「ああ、モブ。どうした?」


「よろしければ一緒にお食事でも……」


ユータは少しためらいながら言いうモブに返した。


「いいのか? 俺はお前のライバルになるかもしれんぞ」


「大丈夫です。そこは負けない自信があります」


「そうか、じゃあお前の奢りでな」


「喜んで」


ユータとモブは一緒にサイク王国の繁華街へ向かった。




「いらっしゃい」


ユータはモブを連れてバーのような店にやって来た。


「ユータさん子供のように見えましたが、こんな大人の店に来るんですね」


モブがユータを見て言う。


「まあな、これでも場数は踏んでいる」


「おおっ」


ユータとモブは適当なテーブルに座って料理を注文する。



「マケータはあるか?」


ユータはそう尋ねると店員は怪訝な顔をして答えた。


「マ、ケータ……? 申し訳ございません。当店にはそのようなお酒はございません」


「まあそうだろうな。すまん気にするな」


注文を終えた後でモブがユータに聞く。


「ユータさん、マケータとは?」


「全く聞いたこともないか?」


「……はい」


「気にしなくてもいい」


ユータはそう言うとテーブルの水を一口飲んでモブに言った。




「で、俺に聞きたいことがあるんだろ?」


モブは椅子に座り直して言う。


「ええ、その……ユータさんはお強いんですよね?」


ユータが答える。


「当たり前だ、勇者だぞ」


モブは下を向いてもぞもぞしてから顔を上げて言った。


「ユ、ユータさんに同行してもよろしいでしょうか。カレハちゃんの周りには、その……魔物とかいて……、僕では戦えなくて……」


ユータは運ばれてきた料理をモグモグ食べながら聞いている。


「で、俺に何とかして欲しいと……」


モブがテーブルに両手をつき頭を下げて言う。



「報酬は全て差し上げます。だからカレハちゃんは、カレハちゃんは……」


「女を物みたいに言うな」


「え?」


「俺が助けて、もし俺に惚れたらどうするんだ? お前にやるのか、物みたいに?」



「それは……」


「好きなんだろ、その女」


「はい……」


「だったらお前が奪え、力づくで」


モブが泣きそうな顔で言う。



「ぼ、僕は剣も握ったことないんです……」


「甘えんな、死ぬ気でやれ」


「で、でも……」


少し震え出したモブにユータが言う。


「男には負けると分かっていても剣を握らなきゃならん時がある」


「は、はい……」



「剣術は俺が教えてやる」


「本当ですか?」


「ああ、簡単だ」


ユータは腰から木の剣を取り出すと空に掲げて言った。


「バン! とやってガーン!! だ」


「はっ?」


腰をグイングインと回しひとり悦に入るユータ。呆然とするモブ。ユータは満足気に剣を収めた。



「分かったか?」


「いえ、あまり……」


「まあ後は実践だな」


「ええっ!!」


驚くモブにユータは食事を勧める。


「さ、早く食べろ。遠慮するな」


「は、はあ……」





「そうか、幼馴染みねえ」


ユータはモブの話を聞いていた。


「ええ、幼馴染みと言っても身分も違うお嬢様ですから、本当に子供の頃にカレハちゃんが公園などで遊んでいる時に一緒に遊んだりしたぐらいです」


「そうか」


ユータはお酒を飲んで少し酩酊している。


「カレハちゃん、とっても優しい子なんですよ。僕みたいなモブキャラにも声かけてくれたし」


「そ、そうか……、あはははは……」



ユータが渇いた笑いをしていると、店に新たな客が二名入って来た。

その客は二名とも先ほどの当主と同じく顔を包帯でぐるぐる巻きにしている。客達はユータ達の隣のテーブルに座ると料理を注文した。


「で、よお、本当にブッサイクでよお。その女」


隣のテーブルの声が聞こえてくる。


「ホントホント。あんなブス見たことがない。夢に出てきそうだよ」


モブの眉間にしわが寄る。



「しかしこの顔、困ったなあ。一応前金の報酬は貰ったけど、そんなんじゃ全然足りねえぞ」


「まったくだぜ、報酬が桁違いだからって行って見たはいいが、ブスの為に酷い目に遭ったぜ」


カレハのことを言っているのは間違いなかった。顔が紅潮するモブ。モブの膝を叩き冷静にと言うユータ。結局、男の客二人は最初から最後までカレハの悪口を言って出て行った。



「ゆ、ゆるさない! あいつら!!」


怒るモブにユータが言う。


「ほっとけ。関わるだけムダだ」


「で、でも……」


ユータがモブの目を見て言う。


「お前があいつらを殴ってそれでどうする? 捕まるのはお前だぞ」


「それは分かっているんだけど……」



モブがそこまで言った時、店の外で騒ぐ声がした。ひとりの男が店に入って来て大声で言う。


「た、大変だ! ま、魔物が出た!! 逃げろ!!!」


男はそう言うと慌てて逃げて去った。ユータはその話を聞くと同時に剣を持ち店外へ向かう。


「ま、待って! ユータさん」


モブも慌ててユータの後を追う。

ユータ達が外に出ると、そこには二体の魔物が暴れていた。全身がドス黒く、そして頭はまるで脳ミソのような形状。訳の分からぬ唸り声を上げながら、人に近付いて危害を加えようとしている。驚き腰が抜けてへなへなとその場に座り込むモブ。


しかしユータは彼らを見てモブに言った。



「おいモブ、あの服ってまさか、さっきの二人組のじゃねえか?」


ガタガタ震えるモブが答える。


「そ、そうです! あの二人組の服ですよ!!」


「くそ、何が起こったんだ!」


ユータは剣を抜き構える。



「グわああぁぁアン!!!」


唸り声を上げてユータに向かう二体の魔物。ユータが大きな声を上げて斬りかかった。


「はああーーー!!!」



バン! ガーーン!!


その動きの速さにモブは目で追うのが精一杯であった。そして何よりもその動きが美しかった。ユータが剣を収めると二体の魔物は泡を吹いて倒れた。



「どきなさい! どきなさい!!」


街の警備隊らしき一行が現れて倒れて気絶している魔物を取り囲むと縄で縛り上げた。そして集まって来た野次馬を追い払ってから、持ってきた荷車に手際よく乗せて運んで行った。



腕を組んで去り行く一行を見つめるユータ。まだ目の前で何が起きたか理解できないモブ。ユータが言う。


「お前の幼馴染み、普通じゃないな」



黙るモブ。


「最悪の場合だが……、お前、ああなる覚悟はあるか?」


モブは地面を見つめたまま震えて何も言えなかった。

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