5.君だけの勇者
ユータとメルが急いで戻ると、城下町はすでに多くの魔物の侵攻を受けていた。街の自警団や国防隊が必死に応戦している。ユータはメルに言った。
「メル、お前はここで街の防衛を手伝ってくれ! 俺は先に城へ行く!」
「うん、分かった!」
ユータはメルに街を任すと急いで王城へ向かった。
そしてユータが王城に侵入した魔物を薙ぎ倒しながら王の間に辿り着くと、そこにはガタガタと震えながら剣を持つイケメンと傍に立つティアナ、そして魔王の姿があった。
「おい! 大丈夫か!」
ユータは駆けつけながら言う。ユータに気付いたティアナが答える。
「ああ、ユータさん! イケ君、ユータさんと一緒に戦って!」
それを聞いたイケメンの表情が変わる。
バン!
「きゃ!」
イケメンはティアナを殴ると言った。
「お前は俺が信用できんのか!
ティアナは打たれた顔に手を当て、再び言う。
「あなたが心配なの! こんなところで死んでしまっては……」
イケメンは再びティアナを睨みつけると手を上げた。
「!?」
振り上げたイケメンの手をユータが掴む。そしてユータは右手でイケメンの顔を殴った。
バン!
「ぐわっ!」
倒れ込んだイケメンの胸ぐらを掴んでユータが言う。
「勇者を名乗るなら、いや、男だったら何があっても女に手を上げるな。お前を想ってくれる女一人の笑顔を守れなくて、何が勇者だ! 何が男だ!!」
ユータはイケメンを投げ捨てると、ティアナに言った。
「ティアナ、この
ティアナは頷くとイケメンの傍に駆け寄って介抱し始めた。
ユータは魔王の前まで行って話しかける。
「おい魔王。くだらない争いはもうやめろ。俺は異世界の勇者だ。お前達を助けに来た」
そう言うとユータはこれまでの経緯を説明した。しかし魔王はユータを見下ろし大声で言う。
「嘘をつけ、このニセ勇者が! エー様やビー様がお前なんかに負けるはずない!!」
ユータが答える。
「だから負けたんだって。あいつら、俺に」
魔王は怒りの表情で言う。
「どの人間も俺達を騙しやがって!! まだ嘘を言うか、許さんぞ!!」
魔王は大きな鎌を持ってユータに突進してきた。ユータも剣を構えて言う。
「いや、いんだけど、別に俺は。どうせお前魔王Cって名前だろ? 負けるんだよ、その名前じゃ!!」
ユータは剣を水平に構えて詠唱を始める。
「48剣技がひとつ・23の
ユータは魔王シーの鎌をひょいとかわすと、そのまま水平に魔王の腹に向けて剣を打ち込んだ。
ドーーーーン!!
「痛っでえええええーーーーーー!!!!!」
魔王シーは横に吹き飛ばされると、両膝をついてそのまま蹲った。
「くっ、くぞおおおおお!!」
「ん!? まだやるのか?」
魔王シーは起き上がって近くにいたイケメンを介抱しているティアナの傍に行くと、その首に鎌を当ててユータに言った。
「こ、この女の命が欲しくば、俺に従え!!」
ユータは沈黙する。
「おい! 何か答えろ!!」
魔王シーはさらに大きな声で言う。
「……ぬぞ」
「は?」
魔王シーはユータが言った小さな声を聞き直した。
「……死ぬぞ、てめえ」
そう言うと、ユータの体からこれまでとは全く比べ物にならないほどの覇気が放たれた。
「え、ええっ!? ちょ、ちょっと……」
魔物の勘、それとも本能だろうか。
ユータの発した声に一瞬、自分の死を感じた。はっきりと浮かぶ自分が惨殺される絵。そして同時に全身から流れ出す汗。ブルブルと鎌を持つ手が震え始める。目の前にいるのは小さな少年ではあるが、まるで最凶魔王と恐れられた古の魔王のよう。
この人に逆らってはいけない、自身の防衛本能がそう告げた。
「待ったーーーー!! お待ちを、ユータ様ーーーっ!!!!」
王の間にドタドタと何者かが走って来る。
「ユータ様、ユータ様、どうかお許しを!!」
やって来たのは魔王エーと魔王ビー。二人はユータの前に来ると土下座をして言った。
「ユ、ユータ様、ど、どうかお許しを! おい、こらシー! お前も早く頭を下げろ!!」
そう言うと魔王エーはシーの持っていた鎌を投げ捨て、首を持つと頭を床にガンとこすりつけた。
「痛い痛い、あ、兄貴。やめてくれ!!」
魔王エーは頭を床に付けながら言う。
「馬鹿者! こ、この方こそ正真正銘の勇者様だ! 我らが最も畏怖する、本物の勇者様だ!」
魔王シーは震え始め、そして体中から汗が流れる。
「や、やはりそうでしたか勇者様!! も、申し訳ございませんでした!!」
ユータは剣を収めて言う。
「魔王Aよ。弟共へどんな教育をしておるのだ」
「はは、申し訳ございません……」
魔王が三人ユータの前で土下座をする。そのあり得ない光景にそこにいた全員が目を疑った。
「もういい、頭を上げよ」
「はっ」
そう言うと三人の魔王は頭を上げ片膝をついた。魔王シーがユータに言う。
「勇者様、これは私の忠誠の証である黄金の宝玉……」
そう言うとまた黄金の宝玉をユータに手渡した。ユータが溜息をついて言う。
「はあ、金玉ふたつとかリアル過ぎて笑えんぞ」
「ええっと。おい、国王」
ユータは国王に向けて言った。
「は、はい……」
信じられない光景に呆然としていた国王がユータに呼ばれて我に返り、返事をした。
「実はな、お前……と言うかこの国の者、皆にお願いがある」
ユータは魔王達の本意、そして騙されたことなどを説明した。
皆はその話に驚き、そして魔王に同情する者もいた。そして多くの冷たい視線がイケメンに向けられる。
「……そこで国王、そして皆の者にお願いがある。彼らには彼らの国があり、
皆がユータの講演を真剣に聞く。メルも王の間に上がって来てユータの話を聞く。
「そこでこの国で彼らにそう言った生きて行く
「おおっ」
皆から歓声が上がる。
「そこに争いや戦争はない。信頼と助け合い、そして約束。これがこれからのお前達を導く言葉だ!!」
「おー!!」
「最後に言う。理由もなしに誰かを傷つけるようなことをした者には……」
「した者には……」
一同が繰り返す。
「……この勇者ユータ様がやって来て、斬り捨てる! よいか!!」
「ははーー!!」
一同ユータに向かって最敬礼をする。ユータは大きく頷くと、国王と魔王達に向かって言った。
「国王、そして魔王三兄弟」
「はっ」
国王、そして魔王達は片膝をついて返事をする。
「民を率い、国を繁栄させる。並大抵の努力では成し遂げられない。ただここにいるお前達が手を取り合えばそれも叶おう。俺の勇者の名、汚さぬよう精進せよ」
「ははーー!! 有難き、有難きお言葉……」
そう言うと魔王三兄弟は国王としっかりと握手をした。
「さて……」
ユータは王の間の端で座り込んでいるイケメンとティアナのところまで行くと、片膝をついて言った。
「おい、イテメン」
イケメンはまだ呆然としている。
「世界の勇者になる前に、
「ユータ様。ありがとうございます……」
ティアナが涙を流しながら頭を下げて言った。イケメンも下を向いて声を殺して泣く。
「お前達の犯した罪、これは軽くない。これから二人で償って行け。いいな」
「は……い……」
最後にイケメンが力なく答えた。ティアナはイケメンの肩を抱きながら何度も頷いている。
「ホントにお前にはもったいない女だよな。まったく」
ユータが不満そうに言うと、ティアナが答える。
「私もユータ様のことは大好きですよ」
「はあ……」
ユータはイケメンに言う。
「おい、頑張れよ。
「うう、ううっ……」
イケメンはまだ肩を震わせて泣いている。
「さあ、帰るぞ! メル」
「は~い!!」
そう言うとユータ達は光の中に消えて行った。
「素敵な勇者さん、でしたね」
ユータ達が去ってからティアナが言う。
イケメンは服の袖で涙を拭いてティアナに言った。
「ティアナ、ごめんな。そしてありがとう……。俺なるよ、
「うん……」
イケメンは再び涙を流すとティアナの胸の中で声を上げて泣いた。
「はいよ、これ」
ユータは勇者派遣本部に戻ると、早速リリアに依頼指示書を渡した。
「今回はちゃんと破らずに持って来たね。偉い偉い」
ユータはムッとした顔で答える。
「俺は子供じゃねえぞ。紙ぐらい破らずに持ってくるよ」
「毎回そうだといいわね」
「そんなことより、次回からは報酬出るんだよな?」
リリアは笑顔で答える。
「なし」
「は?」
沈黙が二人の間に流れる。
「何でないんだよ! ちゃんと今回もサイン貰って来たぞ!」
リリアは笑顔を崩さず言う。
「あんた、メルちゃんとこの宝玉割ったんだってね」
「あっ」
「あれはね、オックスフォード家に伝わる由緒正しき名宝。その賠償請求が
ユータは慌てて言う。
「あ、あれは事故だ。それに落としたのはメルだぞ!」
そう言うとユータの道具袋から【もしもしでんわ】が鳴った。
「何だよ、こんな時に」
ユータが電話に出ると聞いたことのない男の声がした。
「もしもし、ユータ君かね。私はメルの父親だが、聞いたところによると君はうちの娘を手籠めにして……」
ブチ!
ユータは電話を切った。
「誰なの?」
リリアが首を傾げて聞く。
「間違い電話だ」
「あ、そう」
リリアはコホンと軽く咳をすると、腕を組んで怒った顔で言った。
「それからメルちゃんに聞いたけど、ユータ君。またお酒飲んだんだって?」
ユータの顔が青くなる。
「いや、飲んでない! 飲んでない!!」
「何を飲んでないって?」
レナが興味深そうに会話に入って来た。
「ユータ君、またお酒飲んだのよ」
「ユータ! あんたはどうしてそうなの!!」
二人から殺気立ったオーラが出る。
「いや、その……、あ、そうだ。二人にお土産がある」
そう言うとユータは道具袋からリリアとレナにそれぞれ手渡した。
「何? これ」
「魔王の金玉だ。綺麗だろ」
バーー―ン!!
「痛っでええええーーーー!!!!!」
リリアは帳簿を、レナは剣の柄を持つと思い切りユータの頭を殴った。
「何でだよ! 綺麗だし、売れば高値に……」
バン、バン、バーー―ン!!
「痛い、痛い、痛い!!」
「そういう問題じゃないでしょ! この天然バカがーーーー!!!」
ユータは殴られながら思った。
やはり金玉の扱いは丁重に行わなければ、と。
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