3.ティアナ
ユータが王城へ戻るとすっかり日は落ち、辺りは薄暗くなっていた。
しかしそんな暗さとは別に、夜になるにつれ外に繰り出す人々が増え街は活気づいていく。ユータは人混みを避け、食事の為に静かなレストランに入った。
「いらっしゃい」
不愛想な店員が面倒臭そうに接客をする。レストランと言うよりは寂れたバーのようだ。ユータはこのくらいのいい加減さが嫌いではなかった。気楽になれるいい加減さ、と言うべきか。
ユータが椅子に座ってメニュー見ていると、不意に後ろから声を掛けられた。
「ユータ様……」
ユータが振り向くと髪の長い美人が立っていた。イケメンと一緒にいた女性である。
「ええっと……」
「ティアナです」
ティアナはユータが困るより先に名を名乗った。
「ああ、ティアナ……。で、何か用かい?」
ユータはティアナを見つめる。ティアナが言う。
「こちらに座ってもいいですか?」
「どうぞ」
ユータがそう言うと、ティアナは向かいの席にゆっくりと腰かけた。長くすらっとした足がユータの前で組まれる。ユータは伸びる鼻の下を戻し、ティアナに言った。
「ちょうど良かった。俺もあんた達を探そうと思っていたところだ」
ユータはその美しい足を見たまま言った。視線に気づきながらティアナが答える。
「そうですか。それは奇遇ですね」
ユータが続ける。
「連れの男はいないのか? 一緒じゃないのか?」
「イケ君とは……、ちょっと喧嘩をしまして……、今どこにいるのか分かりません」
「そうか。寂しかったら俺が一緒に居てやるぞ」
ティアナが足を組み替えて答える。
「まあ、勇者様ったらご冗談がお好きで」
ユータはようやく視線をティアナの目に向けて言った。
「冗談ではないが……、まあいい。ひとつあんたに聞く。魔王軍のことだが……」
ティアナは口元に手を当て微笑んで言った。
「私もそのことでお話がありましたの」
ユータは持っていたメニューをテーブルに置くと言った。
「先に聞こうか」
ティアナは店員が持ってきた水を一口飲んでからゆっくり話始めた。
「私とイケ君は幼馴染でした。家も近く、小さい頃から苛められっ子だった私をいつも彼は助けてくれました」
「うむ」
「そして彼は成長し勇者になりました。だけど残念ながら武芸の方はあまり秀でたものはなく勇者を名乗っても誰も彼を認めてくれる者はいませんでした」
「……要は弱かった、ってことだな」
ティアナは少し笑って言う。
「そうですね、仰る通りです。でも彼はそれに納得しませんでした。そこで……」
「自演自作の劇をした、ってことか」
ティアナは少し驚いた表情をしてからまた優しく笑って答えた。
「さすが勇者様ですね。すべてご存じなんですね」
「魔王から聞いた。人……、じゃないけど騙すのは良くない」
ユータが言うとティアナは頷きながら答えた。
「その通りです。私は彼にこのようなことはやめて真面目に働いて欲しいんです。残念ながら彼に勇者の素質はありませんが、そんなことは私にはどうでもいいことなんです」
「好きなんだな、あの男が」
ティアナは少し下を向いて言った。
「はい」
ユータも水を一杯飲んでから言った。
「で、俺に何とかして欲しいと言うことか?」
「お察しの通りです」
「よくできた
「よく言われます」
ユータは苦笑いをして水を一口飲んでから答えた。
「あんたらのやったことは許されるものではない。ただ善処はする。俺は美人に弱くてな。まあ、確約はできんがな」
ティアナは笑顔で言った。
「口がお上手で。でもそれで結構です。ありがとうございます。勇者様」
「うむ」
ティアナはテーブルのメニューを取ってユータに尋ねた。
「ユータさん、お食事まだですよね。私が何か適当に注文しましょうか」
「おお、それは有難い。いつもそうなんだがメニュー見てても全く分からん」
ティアナはクスッと笑って言った。
「わかりました。注文しますね」
ティアナは近くの店員を呼び手際よく料理名を注文していく。
「ユータさん、お酒は飲めますか?」
ユータは一瞬迷ったが大きく頷きながら言った。
「お、おう、当たり前じゃねえか。俺は勇者だぞ」
ティアナは笑顔になると店員に言った。
「了解です。じゃあ店員さん、ウィスキーをソーダで割った……」
ユータは【マケータ】でないことにちょっと安心した。
「……【ハイボーク】をふたつ下さい」
飲みかけていた水を吐きそうになったユータが言う。
「おいっ! 何だそのハイボークって!!」
ティアナは笑顔のまま答える。
「美味しいお酒ですよ。ちょっと大人の味、かしら?」
ユータは大人の魅力を醸し出しながら微笑むティアナに一瞬ドキッとしたが、気を入れ直して尋ねる。
「【マケータ】とは関係ないのか?」
ティアナは少し驚いた表情で答える。
「何ですか、その不吉な名前。勇者様はやっぱりご冗談もお上手で」
「いや、あまり変わらん気がするぞ……」
結局ユータはティアナのペースで食事を終え、その後店を出た。
そしてほろ酔い気分で通りを歩いていると、後ろから名前を呼ぶ声がした。
「あーーっ!! ユータ君だ!!」
ユータが振り向くと後ろかメルが走って来た。
「何だ、お前か」
メルはちょっと怒った顔をして言う。
「何だはないでしょ! ……ん? あれ? ユータ君お酒の匂いがする」
ユータは一瞬ビクッとしたが一歩後ろに下がってメルに言う。
「な、何言ってるんだ。そんな訳ないだろ。勇者がお酒など……」
メルはユータに近付くと鼻をクンクンさせながら言う。
「それに、女の人の匂いもする……」
「い、犬か、お前は!」
メルが泣きそうな顔になって言う。
「私はやっぱりおもちゃだったのね……。遊ばれて捨てられる、あなたとって都合のいい女だったのね……」
メルは目をウルウルさせて言う。男を前に泣きそうな女に意味深な言葉。通り行く街の人々の目線が二人に注がれる。
「お、おい。やめろって。勘違いされるだろ!」
「ユータ君、私は都合のいい女なの?」
メルはユータに体を擦り付けて言って来る。
「だから、違うってば!! こら、体をくっつけるな!」
メルは一歩下がって泣きそうな表情をして言う。
「カラダ……、やっぱりカラダが目的だったのね。酷いわ……」
メルは顔に両手を当てて泣きだすフリをする。必死に弁解するユータ。
夜の通りで二人の喜劇がしばらく続いた。
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