4.悪足搔き

翌朝、客室で寝ていたユータはドアを叩く音で起こされた。


「何だよ、こんな早く……、ってもうこんな時間か!」


昨晩遅くまで子供ゴブリンの面倒を見ていたのですっかり寝坊してしまった。

ユータは素早く着替えてドアを開ける。


「勇者ユータ様。王がお呼びです……」


呼びに来た兵は、言葉は丁寧だが明らかに態度はこれまでのものとは違った。


「マケータ、兵士くん。後で行くと王に伝えてくれ」


兵は頭を下げると無言で出て行った。


「さてと」


ユータは準備をして王の間へ向かった。




ユータが王の間に行くと第一王子のゴブニンを始め、多くの人が集まっていた。ユータは国王に挨拶をする。


「マケータ、国王」


「マケータ、勇者ユータ……」


「………」


暫く沈黙が辺りを包む。ユータが口を開いた。


「国王よ、色々聞きたいことがあるようだが、先に俺が聞く。あの地下に捕らえたゴブリンの子供達は何なんだ?」


国王は無表情のまま答える。


「何を言っておる、勇者殿。全く何のことだか分らぬが……」


ユータが言う。


「しらを切るか、国王よ。昨夜お前らがさらったゴブリンの子供達は全て助け出した。そして今、ゴブリン王がこちらに向かっている。戦争、やるか?」


国王の顔が引きつる。


「な、何を言うか!! 不届き者め!! お、お前は契約勇者だろ! その契約書通りに働け!」


ユータは懐から依頼指示書を取り出し、王に見せて言った。


「これのことか?」


「そうだ!!」


ビリッ! ビリ、ビリッーーー!!


ユータは依頼指示書を王の目の前でビリビリに破り捨てた。


「あっ、ああ……」


驚く国王を見ながらユータが言う。


「こんなもので俺が従うとでも思ったか、愚か者め! あと俺は勇者だ」


国王は声が上ずりながら叫ぶ。


「こ、こんなことが許されると思うのか! 派遣本部に、全部通報するぞ!!」


ユータは剣を抜いて国王に言う。


「やりたきゃやればいい。だが覚えておけ、腐れ外道!! 俺は勇者だ。だから求む! 平和を、幸せを、そして皆の笑顔を!! それを害す奴がいれば誰だろうと、斬る!!!」


「く、くそお!!! 出合え! 出合え! 先ほど捕まえたゴブリンも連れてこい!!」


国王がそう命じると数名の兵士と、王の間の隣にある部屋から黒のサングラスとスーツを着た男が子供ゴブリンを連れて現れた。ゴブリンは縄で縛られ、そしてナイフを突きつけられている。


「は、はははあああ!! ニセ勇者よ! 俺が斬れるか!? やってみよ! ただそこのゴブリンが死ぬぞ!」


ユータは子供ゴブリンを一瞥してから、国王に向けて大声で言い放った。


「腐れ外道がああああああああーーーーー!!!!!!!!」


あまりの大きな声、そしてその覇気に驚いた国王が思わず叫ぶ。


「やれ! やれ、やれ!! やれーーーー!!!」


指示を受けた黒サングラスの男が子供ゴブリンの胸にナイフを突き刺す。


「ぎゃああああーーーー!!!」


ナイフを刺された子供ゴブリンが叫び声を上げる。その胸からは赤い血がドクドクと流れる。


「貴様ーーーっ!!!」


ユータは光の速さで黒サングラスの間合いに入ると剣で斬りつけた。


バーーン!!


「ぐはっ!」


黒サングラスはユータの剣を受け後ろに吹っ飛んで失神した。ユータが子供ゴブリンを抱き抱えて言う。


「おい、大丈夫か。しっかりしろ!!」


「う、ううっ……」


ユータは縄を切り道具袋の中から薬草を取り出して傷口に塗った。しかしまだ血が止まらない。

ユータはもう一度道具袋に手を入れたが薬草が見つからない。袋の中を確認する。


<道具袋>

もしもしでんわ:1

青いプリン:27



「くっそ、プリンばっかじゃねえか……。あ、そうだ!」


ユータは【もしもしでんわ】を取り出すと急いで掛けた。


「もしもし、レナか? 悪いがすぐ来い! ブリン王国、王の間だ!!」


そう言うとユータは電話を切った。子供ゴブリンに言う。


「おい、子供。名前は何だ?」


「チ、チビ太……」


「よし、チビ太。今お前を治す奴がすぐ来るんで、ちょっとだけ我慢しろ」


「う、うう……」


「よし、いい子だ」


ユータはチビ太を床にそっと寝かすと、剣を取り国王に言った。


「お前、越えちゃいけねえ一線、超えやがったなああーーーー!!!」



「ひいいぃ……、くそっ、ニセ勇者め、これならどうだ!!!!」


国王はそう言うと何やら呪文を唱え始める。そして目の前に魔法陣が現れ、そこから巨大な悪魔が出現した。それを見た皆が驚き声を上げる。


「ア、アークデーモン!!!!!」


アークデーモン。

それは魔族の中でも上級位に位置する魔物で、この世界ではそれ一体で国を滅ぼし、世界を混乱へと導く存在であった。ゴブニンが弱々しい声で言う。



「ち、父上……、これは一体どういう事で……?」


国王が答える。


「がはははっ、このワシが契約したアークデーモンだ。これで誰にもワシは止められん。これを見たお前たち全員殺してやる!!!!」


「ひ、ひええええ!!!!」


その声と同時にアークデーモンが持っていた三又の槍を大きく振り回した。逃げ出す周りの人々。

アークデーモンは叫び声と同時に口から衝撃波を放った。


「グワアアアアアア!!!」


ドーーン!!!


王の間の壁に開く大きな穴。その余波で更にボロボロと崩れ出す壁。そこに残った人達皆恐れ、腰を抜かして座り込んでしまう。


「ギャハハハハ!!」


響き渡る国王の下品な笑い声。そして人々が口々に言う。


「こ、殺される。もう世界の終わりだ……」



重く、絶望の空気が一帯に流れる。生きる事を否定する様な恐ろしい悪魔の圧力。最早逃げることすら叶わなかった。

しかし誰もが絶望に打ちひしがれたその時、ユータがひとりその前に立った。気付いた国王が見下して言う。


「な、なんだお前、死にたいのか!?」



「……づけ」


「へ!?」


国王はその小さな声が聞こえずに一瞬戸惑う。ユータが繰り返して言う。


ひざまずけ」


ユータは目の前に現れた自分よりも遥かに大きなアークデーモンに向かって言った。国王が笑いながら言い返す。


「ア、アークデーモンに何を言っておるのじゃ、血迷ったか!? 召喚者のワシですら一体何名のゴブリンの生贄を捧げたと思っているのじゃ?」


その言葉に眉を吊り上げるユータ。そして再度大声で言った。


「跪け、と言ったんだ!!!!!」



その怒声に体をビクッとさせるアークデーモン。体中から脂汗が流れ始め、そしてゆっくりと両手両膝をついてユータに頭を下げながら小さな声で言った。


「ダ、ダイマオウ……サマ……」



「えっ!? あっ、な、なんでじゃ!!!」


頭を下げ続けるアークデーモンに国王が驚いて言う。皆の目にもその体が震えているのがはっきりと分かる。ユータが言う。


「お前は自分の世界に戻れ。ここはお前がいる場所じゃない」


震えて聞くアークデーモン。更に強く頭を床にこすりつける。国王が言う。


「そ、そんなこと聞くはずが……、!!!」


そんな国王の言葉とは裏腹にアークデーモンはゆっくりとその姿を消して行った。目の前で起きた事を信じられない顔で見つめる一同。国王の顔が真っ青になる。



「う、嘘っ、嘘だ、そんなこと……」


最後の切り札をなくし震えながら小さくつぶやく。ユータが言う。


「心まで悪に売り払った愚か者め!!!」



「ひ、ひえぇぇぇーーーー!!!」


国王は顔面蒼白で声を上げる。ユータは上段に剣を構える。



「48剣技がひとつ・29の勇技ゆうぎ腐心断罪斬ふしんだんざいぎりーーーーー!!!!」


ユータは目にもとまらぬ速さで国王の間合いまで寄ると、その直前で上から大きく剣を振り下ろした。


ヒュン!!


ユータは国王の目の前のくうを、音を立てて斬った。

そして剣をもう一度振ると鞘に納めた。剣は国王にに当たっておらず怪我もない。が、目の前の空を切られた国王は白目をむき、そのままドンと音を立てて倒れた。


「父上ーーーーっ!!」


近くで見ていたゴブニンが国王の元へ駆け寄る。


「ユータ、父上は……」


泣きそうな顔でユータを見ながらゴブニンが言う。


「大丈夫だ、直に目覚める」


その言葉通り国王はううっと唸り声を上げて目を覚ました。


「父上、大丈夫ですか!!!」


国王はきょとんとしている。ユータが言う。


「ゴブリン、今、国王の【悪しき心】だけ斬った。今、国王自身、何が何だか分からないはずだ」


ゴブニンは父に肩を貸して立ち上がる。


「ゴブリン、今からお前が国王だ。悪しき心が無くなったとは言え、そいつが犯した大罪は消えない。その処分はお前に任せる。いいな!!」


「は、はい!!」


ゴブニンの返事を聞いてユータが頷く。そしてゴブニンは涙を流して父を抱きしめた。

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