第二章「ブリン王国」

1.ブリン王国へようこそ

「はい、これ」


ユータが【勇者派遣本部】に行くとリリアが小さいやや厚みのあるカードを渡した。


「何これ?」


リリアが説明する。


「それはね、【もしもしでんわ】って言うんだ。異世界に行ってもこちらの世界と連絡ができるすごい道具だよ」


ユータはリリアの胸の谷間をデレデレと眺めながら【もしもしでんわ】を受け取る。少し見てからリリアに言う。


「こんな便利な物があるならもっと早く欲しかったぞ」


「ごめんね、在庫が無くてね。それはあげるわ」


ユータが聞く。


「これがあれば本当にどこにいても連絡できるのか?」


リリアが答える。


「ええ、異世界からでも連絡できるわ。私のラブコールも大丈夫よ。でも、ッテリーがすぐになくなるので、使えるのは一回か二回ぐらいだけどね」


ッテリーって、何だ?」


ユータが真剣な顔で尋ねる。


「バッテリーみないな物かな」


「そうか」


「いや、それで分かるのかい!!」


いつの間にか隣に来ていたレナが言う。


「あ、レナさん。あなたの分はこれね」


リリアはレナにももしもしでんわを渡す。


「ありがとう、リリアさん」


「どういたしまして。ああ、そう言えばユータ君って48の剣技、全部習得したんだってね?」


リリアはユータの方を振り返って言った。


「ああ、そうだよ」


「凄いじゃん、学園始まって以来の快挙だったらしいわね」


ユータが答える。


「そうみたいだな。剣技って色々な効果があるから便利だ」


「へえ~、ユータ君凄いよ。これは婿の第一候補に……」


「ごっほん!!」


リリアはレナの大きな咳払いを聞いて話題を変えた。




「ええっと、じゃあユータ君。今回、君にはこの依頼を受けてもらおうよ」


リリアはそういうと依頼指示書をユータに渡した。


「はあ、これは無給なんだよなあ……」


ユータは溜息をつきながら言った。


「ふふっ、大丈夫。早く強くなってもっとレベルの高い依頼をこなせばお金なんてすぐガッポガッポ貯まるから! その時は婿に……」


バキ!


【もしもしでんわ】をいじっていたレナから何かが折れる音がした。


「それで依頼内容はと……」



依頼主:ブリン王国の王様

依頼内容:ゴブリン魔王の討伐

場所:ブリン王国

報酬:プリン



「……報酬、プリンって何だ?」


ユータが聞く。


「ん? ああ、それは事務の打ち間違いね。心配しないでユータ君の場合は無給だから」


リリアは笑顔で答えた。


「相変わらずいい加減だな。まあいい、じゃ行ってくるな」


「気を付けてね~」


リリアとレナはユータを見送った。



「あの~、リリアさん。【もしもしでんわ】折っちゃたんだけど……」


レナがばつが悪そうに半分に折れた電話を見せる。リリアが笑顔で答える。


「じゃあ、レナさんも次回は無給ね」


「ええ~っ!!」


レナは泣きそうな顔をして言った。





眩い光に包まれてユータが目を開けると、そこはまた別世界であった。

大理石の床に敷き詰められた赤い絨毯。そして大きなシャングリラに気品ある広間。今回は外ではなく建物内のようだ。


「王様の間かな。ここは」


ユータがそう思うとすぐに大きな声が響いた。


「誰だ!! 怪しい奴め!!」


城の兵士が剣や槍を向けて警戒している。

まあ、突然現れたので警戒されるのも仕方がないだろう。ユータが言う。


「私は勇者だ。ブリン国王に依頼されてやって来た。国王はいるか?」


玉座に座っている細くて人相の悪い老人が言う。


「私が国王だが、お前が派遣勇者か?」


「そうだ、勇者ユータだ」


ユータが答えると国王が言った。


「マケータ、ユータ」


「はっ? ……マケータ!?」


「マケータ。依頼したのは私だ」


すかさずユータがつっこむ。


「いや、ちょっと待て。なんだマケータって」


「ん? ああそうであった。異国の勇者よ。マケータとはそなたらの世界で【こんにちは】の意味になるはずだ」


「まじかよ。いや、ちょっと嫌なことを思い出すんだが……」


「マケータ、ユータ」


「マケータ、国王」


ユータはめまいがしてきたが、国王との話を続けた。


「分かった、国王よ。早速だが依頼の内容を詳しく教えてくれ」


ユータに言われた国王はゆっくりと話し始めた。



「ここ数年のことだが、街やその近辺にゴブリンやゾンビゴブリンが頻繁に出没するようになった。そして無差別に人間を襲う。今や護衛なしに郊外を歩くこともできんくなった……」


「そうなった心当たりは?」


ユータは冷静に聞いた。


「……分からん。ただゴブリン城に住む【ゴブリン魔王】がその指示を出していると聞いた。勇者にはその魔王を討伐してほしい。そしてこの国に平和をもたらして欲しい」


国王の話にユータは返事をした。


「退治をするかはまた別の話として、依頼を受けた以上この国の平和は貪欲に求めていく」


「分かった。期待しておるぞ。……で、報酬はプリンで良いのだな」


「はっ?」


ユータは国王をまじまじと見る。


「報酬はプリンが希望、と聞いておる。心配するな、プリンは十分に用意しておる」


「いや、そんなにプリン貰っても……」


ユータは困った顔をして言った。国王が言う。


「遠慮するな。良ければ今でも少しやろう」


国王はそう言うとパンパンと二回手を叩いた。すぐさま側近が、たっぷりプリンが入った袋を持ってきた。




ユータは用意された客室でひとりプリンを食べていた。


「美味いな……、でもちょっと量が多いぞ。いやそれよりプリンが青いってどうなんだ?」


まだ袋にはたくさんのプリンが入っている。


「さて……」



ユータは窓から外の景色を眺めた。

先ほどまではまだ青空が広がっていたが、今は少し日が傾き、空がオレンジ色に染まりつつある。異世界でも夕陽は綺麗なのだとちょっと嬉しく思った。


「少し聞き込みでもするか……」


ユータはそう言うと夜の帳が降り始めた城下町へ出掛けた。




昼間も人が多く賑わっていた通りだが、夜になって更に人は増え賑わいさが増している。見かける種族は人間が多いが、その他にもドワーフやエルフ、そしてリザードマンに猫耳の獣人などもいるようだ。ただ、ゴブリンだけはいない。

ユータは食事の為に一軒の店に入った。


「いらっしゃい」


店は少し薄暗く、静かな雰囲気だ。食堂と言うよりはバーに近い。

カウンターは満席だったので、ユータはテーブル席に案内された。ユータは適当な料理を注文し周りを見回していると、ひとりの男がやって来た。


「こちら座ってもいいでしょうか……」


店には他にも空席はあったがユータは軽く頷いた。


「マケータ、勇者様……」


「!?」


どうやら男は自分のことを知っているようだ。身なりはしっかりしているがやせ気味で貧相。幸が薄い男、って感じだ。ユータが答える。


「マーケタ、ってお前誰だ?」


男が答える。


「失礼しました。私はブリン国王の第一王子ゴブニンと申します……」


「ゴブリンっ!?」


「しーーーっ!!」


男は口に人差し指を当てて周りをきょろきょろ見回した。


「私はお忍びで来ております。それに私はゴブリンではなくゴブンでございます」


「おおそうか。それは悪かった。でも紛らわしい名前だな」


「良く言われます……」


男はそう言ったが言葉に覇気がない。ユータが言う。


「で、あんたが王子かどうかは別として、俺に何の用だ?」


「あなたが勇者ユータ様だと知っていることがその証拠になるかと。で、本題は別にあります」


男は小さな声で続ける。


「我が国は以前よりずっと赤字財政が続いていました。私が生まれる前からです。ですが、それがここ数年で一気に改善し、今は黒字……と言うか潤沢な資金を持つ国家となりました」


「黒字になったんでいいじゃないのか?」


ユータが聞くとコブニンが答えた。


「通常ならそうです。ただ黒字に変わった頃と同時期に何故か我が父も人が変わったように厳しくなり、そして得体の知れぬ多くの者が城に出入りするようになりました」



「お待たせいたしました」


ウェイターが料理を運んできた。コブニンが聞く。


「ここはお酒ってありますよね」


「はい」


「じゃあ、マケータを。ストレートで」


「は?」


「こちらの方にも同じものをお願いします」


「かしこまりました」


ウェイターが去って行く。ユータがコブニンに聞く。


「おいおい、マケータってもしかして【ライム王国】の酒のことか?」


「さすが勇者様、ご見聞が広い。異世界貿易でこの国にもたくさん入ってきおります。偶然この国の挨拶に用いられる言葉でしたので皆に愛されております」


ユータは頭が痛くなってきた。嫌な予感しかしない。


「すまん話を戻そう。で、その得体の知れない連中がどうしたって?」


ユータがコブニンに聞いた。


「彼らが何者で何をしているのかは知りません。ただ、今この国が良くない方向に向かっている……、そんな気がしてなりません」


ユータは腕組みをして少し考えてからコブニンに言った。


「よし、コブリン。明日、魔王城に行って色々と調べてくる。その得体の知れない連中のついても何か分かれば教えてやろう。ちなみにその連中の特徴ってないのか?」


コブニンが答える。


「黒いサングラスに黒のスーツを着ています。あと私はゴブンです」


「おお、悪かったな。それにしてもコテコテやな」


「こてっ……?」


「いや何でもない」


ユータは夜遅くまでコブニンと異国料理を楽しんだ。

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