3.勇者の矜持

ユータがスライム城の外に出ると、既に巨大スライム専用の車が用意されていた。

車と言ってもそれは大きな荷車のようなもので、そこに巨大スライムが乗り下っ端スライムが引く仕組みだ。

ユータは外に出て自分の乗ってきた馬車を探した。



「あれ、馬車がないぞ。あいつ逃げやがったな」


ユータは自分で帰れと命じていた事はすっかり忘れていた。それに気付いた巨大スライムがユータに言う。


「良かったら一緒に乗って行くか? そなた一人ぐらいなら大丈夫じゃぞ」


「おお、悪いな。スライム魔王。乗ってきた馬車が帰ちゃったみたいで……」


「よきよき、我の上に乗って行くがよい。あと、我は【スライム魔王】ではなくてちゃんとした名前があるぞ。スラーと言う」


ユータはスラーを見て言った。


「おおそうか。それは悪かった。俺はユータだ。じゃあ、スラー。遠慮なしに乗らせてもらうぞ」


ユータはそういうと荷車に乗ったスライムの上に飛び乗った。


「おお、なんかボヨンボヨンするぞ!! まるでウォーターベッドみたいだ!!」


「うぉーたー……べっ……? 何だ、それは?」


スラーが聞く。


「ああ、何というか水のようなベッドだ。水みたいなお前らには分からんかもな!」


そういうとユータはげらげらと大きな声で笑った。


「人間とは理解できぬ生き物よう……」


スラーも笑いながら答えた。

荷車は走る。やがてユータはスラーの上ですやすやと眠りについた。




「……ータ、ユータ!!」


ユータはまた誰かが起こす声で目が覚めた。いつの間にかスラーの上で眠ってしまっていたとユータは気付いた。



「ユータ、起きて!!」


スラーの声だ。ユータは起き上がると周りの様子を見た。


「んっ? 何だこれ?」


目の前には国王の城、城壁がある。そしてスラーや自分が乗っている荷車を囲むように城の兵士が剣や槍を向けて威嚇している。


「ライム王城に着いたのか?」


「ええ、でも我らの姿を見るや否や、兵士が出てきて……」


「分かった。俺が話をしてくる」


ユータはそう言うと、スラーから飛び降りて兵士達に話しかけた。



「おーい、俺は勇者だ。国王に会いたい。呼んで来てくれ」


兵士達は大きな声で言い返す。


「何が勇者だ!! 魔王の手先め!! こんな巨大なスライム見たことがない!!」


「いや、だから俺は巨大スライムの討伐に行って、理由があって戻って来たんだよ」


ユータも負けじと言い返す。


「何が勇者だ!! ニセモノめ!! 皆の者、心してかかれ。あれはスライム魔王の手先に違いない!!」


巨大なスライムを見て興奮した兵士達が、剣や槍を持って大声を上げて応じる。



「魔王の手先、討ち取ったり!!!」


突然ひとりの兵士がユータに向かって剣で斬りかかってきた。


ヒュン!


ユータが剣をかわす。


「おい!! 危ないだろ! 話を聞け!!」


そう言った瞬間、後ろで見ていたスラーが叫んだ。


「ユータ、危ない!!!!」


グサッ!


振り向くとユータの後ろに立ち、弓矢を受けたスラーがいた。傷口から青い液体が流れ出す。それに続けと兵士達が更に弓矢を引く。


シュン、シュン!!


放たれる多くの弓矢。その時馬車の方から大きな声がした。


「スラ様ーーーー!!!!」


見ると馬車を引いていた小さなスライムが数匹、突如飛び出して来てスラーを守る様にその前に立った。スラーが驚いて叫ぶ。


「お、お前達危ない!!!」


グサ、グサ!!


弓矢が小さなスライムに突き刺さる。


「それ今だ!!!」


そしてその隙を突いて他の兵士達がそのスライムに近付き、剣で切り裂いた。


ザン、ザン!!!


「ぎゃあああ!!!」


悲鳴と共に真っ二つに斬られるスライム。

ユータはその姿を見て一瞬時が止まった感覚に襲われた。そして二つに斬られたスライムを見て大声で叫んだ。



「お前らあああ!!! 許さんぞおおお!!!!」


ドーーーン!!!


ユータから発せられる禍々しいまでの威圧感。それが衝撃となって皆に伝わる。スラーは既にそれだけで恐ろしくて体が震えた。


「な、なんだあいつ。おかしいぞ……」


豹変したユータに兵士達が驚き恐れる。



「平和を乱す者共め、受けよ!! 48剣技がひとつ、35の勇技ゆうぎ】ソードストーーーーム!!!」


ユータが勇者の剣を強烈に水平に斬るとそこから前方に幾つもの竜巻が現れ、次々と兵士達に襲い掛かった。


「うわーーー!!」


次々に飛ばされる兵士達。皆大混乱に陥り逃げ惑う。対照的にひとり叫び声を上げるユータ。

そんな中、城門から数名の兵士とひとりの老人が顔色を変えて走って来た。



「やめーい、やめーーい!!! お前達、やめーーーーい!!!」


走って来たのは国王であった。

そして国王はユータの前に倒れ行く兵士を見て驚愕した。



――我が国軍の精鋭達が、こうも容易く……


ユータの前にまるで人形のように吹き飛ばされて行く兵を見て、国王は本物の勇者の強さ、そしてその恐ろしさに身震いをした。

国王の姿に気付いた兵士達は驚いて片膝をついて頭を下げ始める。国王はゼイゼイと肩で息をしながら兵士達に言う。



「か、勝手に戦闘など始めおって、バカ者がーー!! こちらにおられるのは正真正銘の勇者殿にあらせられるぞ!!!」


「ははっーーー」


兵士達は平伏せて王に応えた。国王の登場に気付いたユータが言う。



「国王よ、兵達の教育がなっとらんの」


ユータは剣を鞘に収めながら国王に言った。国王が答える。


「た、大変失礼しました、勇者殿。ただ、かのような巨大スライムが急に現れては兵士達も動揺するのもまた致し方がないこと。どうかお許しを……」


ユータは頷いて言う。


「分かった。の仲の国王がそこまで言うのならば剣を収めよう」


国王は少し首を傾げたが、改めてユータに尋ねた。



「で、勇者殿。ここにおるのはまさにスライム魔王。これは一体どういうことでしょうか?」


国王はスラーを横目で見つつユータに言った。ユータが答える。


「ああ、彼はスラーだ。話があって連れてきた。その前にひとつ聞きたい。この国の自然環境、ちょっと悪くないか? 何か理由を知っているか?」


ユータが国王に尋ねると、スラーが続いた。


「我らスライム族は、自然環境によって著しく生活が変化する。今のような汚れた空気、汚れた川、悪臭漂う環境では生きていけぬ。これはここ数年の事変。人間の王よ、何か知っておるのか?」


国王は黙ったまま項垂うなだれている。


「国王、何か知ってるんだな。さっさと言え!」


ユータにそう言われると、国王はようやく口を開いた。



「……実は武具を大量に作っております。この国で採れる【チート鉄】を使って大量に武具を作り売っております」


「武具? そんなに作ってどうするんだ?」


「異世界の国々に売っております。高額な値が付くもので……」


「その鋼材って山から採るの?」


スラーが聞く。


「そうじゃ。そして精製や製鉄の際に大量に汚水や黒煙が出てしまう。儂も知っておったのじゃが、今まで目をつむってしまっておった……」


「もしかして最近山が減っているのはそのせい?」


国王は無言で頷く。ユータが言う。


「よし分かった。武具の作成はやめろ、とまでは言わない。ただこれからは作るときに出た汚水や黒煙をきれいにしてから流すように。そういった施設を作ってからなら作るのを許す」


ユータの突然の提案に国王が驚く。


「そ、そう簡単に言われましても。そんなすぐに作れるものじゃ……」


ユータは国王を睨みつけてドスの利いた低い声で言う。


「勝手に世の中汚しといてそんなこと言える立場か、国王さんよ? 何なら今からこのスラーに肩入れして汚れの原因であるお前らを一掃してもいいんだぜ?」


国王はユータのその目が冗談ではないと直感し、真っ青になり震えながら答える。


「わ、分かりました、ゆ、勇者殿。仰せのままに致します。処理施設の建設に全力を尽くします……」


国王はユータに頭を下げながら言った。苦笑いするスラー。


「スラー、これでいいか? すぐに環境は良くならんが、ちょっと辛抱してくれ。で、あとお前らも人間にちょっかい出すのはもう終わりな」


ユータがスラーにそう言うとスラーも笑顔で答えた。


「問題なしじゃ。部下にはしっかり言っておく。ありがとう、ユータ」


ユータも笑顔で頷いた。

そして小さなスライムが先ほどより増えており、スラーと一緒に並んでいることに気付いた。


「あれ、その小さいの……」


スラーが言う。


「ああ、これらは斬られても平気じゃ。斬られても半分になるだけ。そこからまた増える」


「……ああ、そうなのね」


ユータは安心して言った。そして改めて国王に言う。



「よし、これで全て問題解決だな。国王よ、約束は守れよ。破ったらいつでもやって来るからな!」


ユータは国王に念を押した。


「うむ、老いたとは言え儂も男。男に二言はない!」


「おう、信じてるぞ。スラーもいいな? 約束は守ってくれ」


スラーも頷いて言う。


「もちろんじゃ。魔物にも二言はないぞ」


「それは……、よく分からんが。でもまあやっぱり男同士、サシで話し合って正解だな」


ユータは誇らしげに言うと、すぐにスラーが返した。



「なあユータ。ずっと言おうと思っておったが、我はじゃぞ……」


「はっ!?」


ユータはスラーの言葉を聞いて唖然とした。


「そもそも【魔王】じゃなくて、【女王】じゃ。スライム


「えっーーーーーーーーーーーーーー!!!!」






「で、あんたは魔王も倒さずに帰って来たの?」


勇者派遣本部に戻ったユータはレナ責めるように言われた。


「いやだって、はいなかったし。それに一応平和を取り戻せた訳だし……」


ユータの声がだんだん小さくなっていく。リリアが言う。


「いいのいいの! ちゃんと指示書に依頼主からサイン貰ってきてくれればそれで大丈夫よ!」


リリアはユータから依頼指示書を貰うと嬉しそうに言った。


「そうか! それは良かった。あいつら基本悪い奴じゃないんだよなあ!!」


ユータも嬉しそうに言う。



「で、リリア。今回の報酬は?」


リリアが笑顔のまま答える。


「なしよ」


「はあ!?」


ユータは怒った顔で言う。


「何でないんだよ! ちゃんと仕事はしたぜ!!」


怒るユータにリリアは笑顔のまま答える。


「ユータ君、あなたライム王国の高級レストランで無銭飲食したそうね」


「えっ!?」


ユータの頭の中に【マケータ】が巡る。


「あ、あれは確か国王に請求が……行っている……はずだぞ……」


ユータが震えた声で言う。


「ううん、うち派遣本部に来たよ。だからあなたの報酬で相殺。と言うか、それでも足らないので、次の依頼も無給で頑張ってね」


リリアは笑顔でそう言った。そして、


バン!


突然、笑顔のまま帳簿の角でユータの頭を叩いた。


「痛ってええーー! 何するんだよ!」


笑顔のままリリアが続ける。


「あなた酒、飲んだでしょ? このクソガキがああ!!」


バン! バン!


さらにリリアの攻撃が続く。


「ご、ごめんなさーーーーい!!」



ユータは思った。やはり【マケータ】を飲んだことが、マケータ原因だったと……

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