2.討伐、スライム魔王!?

「うげっ、ちょっと気持ち悪いな。昨夜飲みすぎたかな……」


ユータは魔王城に向かう馬車に揺られながら外の景色を眺めた。


「とりあえず【マケータ】は美味しかったが、今度行ったら【カテータ】に名前を変えてもらおう。せめて【ヒキワケータ】にしてもらいたいな。うげっ……」



「勇者様、大丈夫ですか?」


馬車で馬を操る兵士がユータの心配をして尋ねた。


「大丈夫だ。まだこの国の馬車に慣れなくてね……」


ユータは適当なことを言って誤魔化した。まさか魔王討伐日に二日酔いとは言えない。


「少し魔王討伐の為これより集中する。今後は話しかけないように」


「はっ!」


ユータは外の景色をまた眺めた。

今日も曇り。空は黒く分厚い雲が見える。川も昨日見たもの同様に汚れ、濁っている。馬車に乗っていてもその匂いがするようだ。

そんなことを考えているうちにユータはすーすーと眠りについた。




「……者様!! 勇者様!!」


ユータは誰かが起こす声で目が覚めた。


「……ん? どうした、朝か?」


「魔王城に到着しました!」


兵士は心配そうにユータを眺める。


「ん、そうか。ご苦労、帰ってよし」


「はっ!!」


ユータはスライム王城の前に立つとその全貌を眺めた。

魔物なのに中々立派なお城である。城壁もあればお堀、そして内部には見事な城が見える。知能があるのかな? それともどこかの国の城を奪ったのか?

とりあえずユータは城門へ向かった。



「人間だ!!! かかれーーー!!」


城門に近付くと、そこにたむろっていたスライムがユータの姿を見るなり一斉に襲ってきた。


「ん? 雑魚スライムか。まあ軽く準備体操でもするかな」


ユータはそういうと腰につけた勇者の剣を抜いた。


「これ、普通に使ってたら全然斬れないよな」


ユータは勇者の剣を振りかざしながらスライムに斬りかかる。



ブォ~ン!!


予想はしていたが、やはり木の剣ではまともに斬ることはできなかった。ただ強い衝撃を受け、攻撃されたスライムはひっくり返って失神している。


「まあ、仕方ないか。言って見ればただの木だからな」


ユータは割り切って勇者の剣を棍棒のように振り回しながらスライムの群れに突っ込んでいった。スライムは突如現れた木の棒を振り回す人間に慌てふためき、大半は戦わずして逃げて行った。

やがてユータ城内に入り、そして大広間に出た。



「なんだ、あれ?」


大広間の奥にはこれまでのスライムの数十倍もある青く大きなスライムがいる。その溢れ出すエネルギーはこれまでのものとは桁が違う。

あれがスライム魔王だろうか。ユータは剣を構えながら巨大スライムに近づくとその周りに倒れている大勢の人に気が付いた。


「人がいる!?」


そこに倒れているのは剣や槍、そして杖を持った人々であった。息はしているようだが、皆立てない程に負傷している。ユータは彼らを目にしながら巨大スライムに言った。



「おい、お前がスライム魔王か?」


巨大スライムはユータを見下ろしながら大声で言う。


「また現れたな小賢し人間よ!! これ以上我らを何が楽しい!!!」



(……我らを苦しめる?)


ユータはその言葉が少し引っかかった。そして巨大スライムが大声で言った後、倒れていた人間が顔を上げてユータに言った。



「しょ、少年よ。逃げるのだ……、こいつはスライム魔王。恐るべき力を持っている。我ら勇者をもってしてでも敵わぬ相手……」


スライム魔王はユータの前にやって来ると大声で言った。


「お前も覚悟するのだ! そして我に出会ったことを後悔させてやる!!」


「おい、ちょっと待て。少しは話をしよう」


ユータはできる限り優しく言ったが、巨大スライムはそんな言葉も聞かずに攻撃を開始する。


「はっ!!!」


そう唸ると、巨大スライムは体から幾つもの小さな塊をユータに向けて勢いよく飛ばした。ユータは勇者の盾を構える。


ドンドンドン!!


スライムの塊は盾に当たると音を立てて砕け散った。


「おい、大丈夫かこの盾。これも確かただの木だったよな」


ユータは盾を確認したがとりあえず損傷などはない。



「小癪な人間よ! くたばれ!!」


「ちょっと待て!! 少しは話をさせろ!!」


「問答無用ーーーっ!!!」


巨大スライムは体をぐっと凹ませるとその反動を利用して大きく、そしてユータに向かって飛んできた。


「おい!!!」


ユータはかわそうとしたが、いつの間にか小さなスライムが足にまとわりついていて逃げられない。そのまま巨大スライムのプレス攻撃を受ける。


ドーーーン!!


ユータは半身巨大スライムの下敷きとなった。ユータの目が少しだけ真剣になる。


「……おい、お前。すぐに退け。いい加減、キレるぞ」


巨大スライムはその全体重をかけユータにのしかかる。このまま潰してやろうと考えた。そしてユータの目つきが変わった。


ドン!


巨大スライムは自分のお腹の下で鈍い音が聞こえた。それと同時に激しい鈍痛、燃えるような熱が体を襲う。そう思った瞬間、目の前に部屋の天井が現れ、そのままその天井に激突した。


ドーーーン!!!


「ぎゃあああ!!!」


巨大スライムは天井に全身をぶつけた後、さらにそのまま床に叩きつけられる様に落下した。体全身に広がる激痛。

頭を上げて見ると、右拳を突き上げているユータの姿が見えた。


ユータが強烈な邪気を放ちながら言う。


「お前、一度痛い目を見ないと分からんようだな!!」


スライムの顔が引きつる。ユータが剣を構えて言う。



「48剣技がひとつ・17の勇技ゆうぎ軟体断絶斬なんたいだんぜつぎり!!!」


ユータは勇者の剣を振りかざして巨大スライムに掛け声とともに斬りかかった。


「はあああああーーーーーー!!!」


ドォーーーーーーーーーン!!


剣はスライムの体に当たると大きな鈍い音を立てて後方まで吹き飛ばした。激しい音を立て壁に激突するスライム。液体のようにとろけるスライム。

最早、スライムには戦意の欠片もなかった。それを見たライム王国の勇者が小さくつぶやく。


「な、なんなんだ、あの少年は……」


全身から流れる脂汗で体がびっしょりになって言った。




「斬れない技だけど、まあ十分だな」


ユータの剣の衝撃でひっくり返り、液状になって失神している巨大スライムを見て言った。ユータが剣を収めながら言う。


「おい起きろ」


ユータが巨大スライムに近づくと、同じく小さなスライム達が近寄ってくる。


「ホイミ!! ホイミ!! ホイミ!!」


ユータは聞いたことがない魔法ではあったが、それがすぐに回復の魔法だと分かった。みるみる回復する巨大スライム。ユータは腕を組んでその様子を見る。

やがて回復し、意識を取り戻した巨大スライムが言った。



「お、お主、何者……?」


ユータが答える。


「俺は勇者ユータ。国王に言われてやって来た」



巨大スライムはユータから発せられる強力な邪気に潰されそうになりながら言った。


(こ、この覇気は……、まるで伝説の大魔王様のよう……)



目の前にいる少年を見てそう思った巨大スライムは、すぐにそんなことはあり得ないと思いながらも体の震えが止まらない。続けて言う。


「い、いきなりの襲撃とはひ、卑怯ではないか」



ユータが呆れた顔で答える。


「いや、【問答無用っ】とか言って襲ってきたのはそっちだろ……」


「そ、それで、我に何の用だ?」


巨大スライムは話ができることに少し安心し、震えながら聞いた。ユータが答える。



「まったく、まあいい。聞きたいのは最近スライム共が人間に悪さをしているようだが、それは何でだ?」


少し落ち着きを取り戻した巨大スライムが溜息交じりに言う。


「お、お主がどこから来たのかは知らぬが、この国を見て何か感じなかったか?」


ユータは少し考えた。そして思いついた。スライムが言う。


「分かったようじゃな。そうじゃ、真っ黒な空、汚れた川、そして異臭。この国の環境はここ数年で一気に悪化した」


「確かに環境は悪かった」


「そうじゃ。で、知っての通り我々スライムは清潔な環境、特に水については汚れた水では生きてゆくことができんのじゃ」


「それは知らなかったが、想像はできる」


ユータは頷きながら言った。


「だから……」


「だから、人間に悪さをしたのか」


「そうじゃ。一応止めてはいたのじゃが、生きてゆくためには皆仕方のないことであった。ただ人間を殺してはいないはず。我々も彼らとの戦争は望まない」


「うむ。で、この国は一体何をしていると言うのだ?」


巨大スライムが答える。


「それは知らない。ただ街から流れ出る汚水や黒煙が我々の住む環境を破壊しているのは間違いない」



ユータは腕組みをして少し考える。先ほどスライムが言った『苦しめる』という言葉の意味はしっかりと理解できた。しばらく間を置いて巨大スライムに言った。


「分かった。国王に直接話に行こう。お前も来い。こういうのは男同士、サシで話した方が早い」


「えっ!?」


巨大スライムは急な提案に驚きを隠せない。ユータは腰の剣に手を掛けて言う。


「お前に拒否権はない。それともまた失神したいか?」


「わ、分かった。行こう。もう痛くしないで欲しい」


「お前、誤解される様な言い方するな」


ユータが少し困った顔をして言う。


「あと、我の身の安全は保障してくれるのじゃな?」


ユータは胸を張って言った。


「それは大丈夫。俺と国王はの仲。絶対お前に攻撃などさせない」


巨大スライムはさらに不安になったが、とても断る雰囲気ではなかった。渋々了承した。


「よし、じゃあ行くぞ!」


「いつじゃ?」


「今」


「今っ!?」


ユータは上機嫌で答えた。

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