107 魔力過多と道具屋
ウォーレン歴9年 緑風の月10日 朝
夜も遅いということでフィリップ先生のお屋敷に泊めてもらって、朝。また私たちはリビングに集まっていた。
「エスターさん、心の整理はできましたか?」
心配そうなフィリップ先生の声に、私は笑顔で頷いた。
「はい」
「うかがっても?」
人生がかかった、大事な瞬間。私はちょっと緊張しながら、それでもはっきり言い切るようにつとめた。
「私は、今のままの体質で、私にできることをします」
「治療をせず、詠唱魔法を使えないままでいる、ということですね?」
「はい。私にはアレンさんとアレンさんが作ってくれた魔術道具があります。それに、いざというときは【魔力共有】でたくさんの魔力を使ってもらうこともできます」
「ずっと不便な生活が続くかもしれませんよ?」
「アレンさんと出会って1年、不便どころか王都まで来ることができました。これから先、不便になんてきっとなりません」
フィリップ先生はほう、と息を吐いた。
「ふむ。決意は固いようだ」
「はい」
「アレンさんもそれで?」
「ハイィ。もとよりエスターの問題ですからァ、私がどうこう言うことではありまセン」
「そうですか」
「せっかく時間を割いていただいたのに、すみません」
私が謝ると、フィリップ先生はいえ、と首を横に振った。
「治療を受けるのも受けないのも、患者様次第です。アレンさんと同意見ですよ、あなたがそう決めたのなら、それがいい」
「ありがとうございます」
真面目な顔をして話を聞いていたオリヴァーさまが、私を見てにっと笑った。
「すっきりした顔になったな、エスター」
「はい。昨日はありがとうございました」
「あれくらいたいしたことではない。気にするな」
「ふふ」
胸を張ったオリヴァーさまに小さく笑ってから、私ははた、と気付く。
「あ。診察費……」
それを聞いて、フィリップ先生が悪戯っぽく笑った。
「いくらだと思いますか?」
「え、その、以前聞いた話だと、1万ユールくらい……」
「
「ええ!?」
思わず立ち上がってしまった私に、フィリップ先生は座りなさい、と手で合図する。
「なにせ、治療はいらないというし。さらに私が診断するまでもなく、アレンさんがすべて知っていたわけですからね。私はアレンさんの話にちょっと根拠を付け足す手伝いをしただけですよ」
「…………」
私はぽかんとする。こんなことって、ある?
「それでもお代が気になるというなら、そうですね。王宮までこのやんちゃ王子様を送って差し上げてください。私はせっかくいただいた休日を満喫したいので」
「やんちゃ王子様とは余のことか! 面白い、ふたりに王宮を案内してやろうぞ!」
「ええ!?!?」
もうわけがわからない。オリヴァーさまがそうと決まればさっさと行くぞ、と私たちの腕をぐいぐい引っ張った。
――王宮までオリヴァーさまを送って、本当に中をちょっと案内されて、やっと宿に帰ってきたのが、夕方。私はぼーっとする頭で部屋のベッドに腰掛けていた。
「めまぐるしかった……」
でも、後悔はしていない。生まれ持った体質でそのまま生きていけるなら、人の役に立てるなら、無理に変えることもないのだ。
アレンさんとコンビを解消しない口実にもなるし……なんちゃって。
「エスター? そろそろ夕飯に行きませんかァ?」
「行く!」
戸の外からかけられた声に返事をして、私はベッドから立ち上がって部屋を出る。並んで歩きながら、アレンさんが私の顔を覗き込んだ。
「本当によかったんですかァ?」
「もちろん。ずっと一緒だからね、アレンさん!」
「……そ、そうですネェ」
顔を元の位置に戻したアレンさんが前髪をやたらもしゃもしゃにかき回していたけど……どうしたんだろう?
エスター財布:720ユール52セッタ
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