105 「魔力の泉」

ウォーレン歴9年 緑風の月9日 夜




「どうだ、治療できそうか!?」


 リビングに私たちが戻ってくると、オリヴァーさまがソファから飛び上がるように立ち上がった。フィリップ先生はにこりと笑う。


「治療の前に話さないといけないことがありましてね」


「……?」


「…………」


 アレンさんはじっとうつむいている。私はどうしたらいいのかわからなくて、3人の顔を見比べてしまった。


「アレンさん、彼女の体質は『魔力を込めることができない』というものでした」


 フィリップ先生が切り出す。アレンさんはまだじっとうつむいたままだ。


「……そうですかァ」


「あなたは知っていたでしょう?」


「なんとなくだけですヨォ? 医者ではないのでェ、直接言ってはいませんでしたァ。魔術道具を作るにあたりィ、対策はしていましたがネェ」


「対策がわかるということは、治療方法も、治療の弊害も、わかりますね?」


 アレンさんはこっちを見ずにふるふると首を横に振る。


「……私の医学知識は4年前で止まっていますからァ、わかりませんヨォ」


「ではその4年前の知識で、話していただけますか?」


「…………」


 アレンさんはため息を吐く。やっと顔がこっちを向いた。


「……魔力と『魔力回路』はァ、水と水路にたとえることができますゥ」


 そこからアレンさんがぽつぽつと話した内容は、ざっとこんな感じだった。


 人間の魔力は、体の内側でこんこんと湧き上がっている泉のようなもの。そして「魔力回路」は、その泉から水門を通って身体に巡らせて自由に使えるようにした水路である。


 普通の人が魔法を使うときは、魔力が満ちている「魔力回路」から使いたいところに魔力を引っ張り出してきて「込める」。泉から直接魔力を引っ張ってくることは基本的にできない。


 普通の人がいう「魔力量」は、泉に溜まっている魔力の量のこと。普通の人がいう「魔法がうまく使えない」は、水門や水路である「魔力回路」から魔力をうまく「込められない」ということ。


 じゃあ私はなんなのかっていうと、魔力の泉だけしかなくて、水門も水路もきれいさっぱり存在していない。だからほとんどの魔法が使えない。


 魔術道具が暴走するのは、泉に水門なしで接続してしまって必要以上の魔力が流れ込んでしまうから。アレンさんの魔術道具は、魔術道具のほうに水門の機能をつけているから暴走しない。


 そこでアレンさんは言葉を止めた。


「……アレンさん?」


 アレンさんは前髪をぎゅっと引っ張って、心苦しいという口調で先を続けた。


「エスターの魔力量が多く見えるのはァ、『魔力回路』に魔力が一切流れていないィ、というよりそもそも『魔力回路』が形成されていないからでしてェ」


「形成されていない?」


「……もしも詠唱魔法が使えるように『魔力回路』をエスターの中に形成する治療を行ってしまうとォ、エスターの魔力の泉から『魔力回路』を形成するために魔力を使ったうえでそこに魔力を満ちさせないといけまセン」


「……つまり?」


「簡単に言いますとォ、泉から必要量が流れ出してしまうぶん、エスターの強みであるゥ、『魔力が大きい』という特徴が消えてしまうのですネェ」


「……!」


「……これでいいですかァ、フィリップ先生?」


「満点ですね。いやあ、医学の道に来てくれなかったのが惜しい」


 私は今聞いた話を一生懸命反芻していた。つまり、つまり……?


「詠唱魔法が使えないけど魔力が大きいままか、治療して詠唱魔法が使えるようになるけど魔力が普通になるか……?」


「その通りです」


「そうですゥ」


 フィリップ先生とアレンさんの声がそろう。私はのみこみきれなくて胸を押さえた。


「ちょっと……頭を整理したいです」


「エスター……」


 オリヴァーさまが心配そうに私に近付いてきて私の手を取る。


「フィリップ医師、庭に案内していいか?」


「どうぞ」


 こっちだ、とオリヴァーさまに案内されて、私はフィリップ先生のお屋敷の庭に向かったのだった。




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