103 想定外の診察
ウォーレン歴9年 緑風の月9日 夜
歩きながら第三王子様は、自分の名前はオリヴァーだと名乗ってくれた。何人かのお医者さんがオリヴァーさまについている中、いちばん偉い人を紹介してくれるらしい。……そんなことって、ある?
「余と同じ悩みということは、『魔力回路』に問題があるのであろう?」
「えっと、そうですね」
「うむ、ならやつに話すのが一番よいぞ!」
そんな話をしつつ王都を歩いて、ひとつのお屋敷の前でオリヴァーさまはがらんがらんと門についているベルを鳴らした。
「フィリップ! フィリップ医師! いるだろう!?」
「オリヴァーさま、夜ですし」
「夜だからいいのだ、確実に家にいるからな」
「そうじゃなくて、近所迷惑が……」
こういうところは子供っぽい。私がおろおろしていると、お屋敷の扉が開いてぼさぼさの長めの茶髪をかき回しながらひとりのおじさんが出てきた。
「オリヴァー殿下……また抜け出してきたのですか」
「それは今はいいのだ。今夜はそなたに患者を連れてきた、ぜひ診てやってほしい」
門を開けたおじさん……フィリップ先生は街灯に金色の目を光らせて、オリヴァーさまの後ろにいる私たちを見やった。
「……殿下の治療で手一杯で、今日は久々の休日だったはずですが」
「休日といっても研究ばかりだろう、そなたは。研究の一環だと思え」
「えっと……なんだか、すみません」
「…………」
フィリップ先生は黙り込む。ややおいて、はあ、とため息を吐いた。
「殿下の仰ることにも一理ある。こんな夜の町に放り出すわけにもいかないし、とりあえずわが家へどうぞ」
フィリップ先生は手で私たちを招き入れるようにする。そんなわけで、私は「魔力回路」専門の先生、フィリップ先生の家にお邪魔することになったのだった。
「なるほど、それではお嬢さん――エスターさんが、今回の『患者』、というわけですね」
「はい」
「フィリップ医師ならさくっと診察できるであろう?」
「殿下……そう簡単に仰らないでください。まあ、ひとまず検査をしてみましょうか」
リビングのソファから立ち上がったフィリップ先生は、私を手招きする。私はアレンさんをちらっと見た。アレンさんは無言でひらりと手を振る。……一緒に来るつもりはないみたいだ。
私は挙動不審になりつつ、フィリップ先生に連れられて検査の部屋に向かった。
小部屋――といってもじゅうぶん広い――に入ったフィリップ先生は、私が椅子に座るとまず、見たことのある風船の魔術道具を取り出してきた。
「じゃあまずはこの紐を握ってみてください」
「は、はい」
紐を握ると、ぶわっと風船が膨らむ。事前に話しておいたから割れることはないけど、やっぱりけっこう大きくなった。
「なるほど……」
フィリップ先生は手元のカルテらしきものになにかを書き込んでいく。もう離していいですよ、と言われて、私はそっと紐を離して台の上に置いた。
「では次にいきましょう」
「次があるんですか?」
「私が専門医をやっていられるのはこの次の検査用魔術道具を考えたからですよ」
さらっと言われたけど……すごい。いや、アレンさんは普通にやっちゃうんだろうけど、「魔術道具を新しく発明する」のが難しいのは、レイフさんからたくさん聞いた。
フィリップ先生は見た目は同じだけどたぶんなにかが違う風船の魔術道具を持ち出してきた。私に手渡しながら、すっと真面目な顔になる。
「次は、この紐を握ってから
「はい……?」
「さ、どうぞ」
私はうながされるまま風船の紐を握る。……風船はこれっぽっちも膨らまない。
「え、あれ?」
「やはり、か」
「フィリップ先生?」
納得したように呟いてまたカルテに書き込んだフィリップ先生は、ペンを置いて私に向き直った。
「エスターさん。あなたは――
エスター財布:720ユール52セッタ
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