102 お忍び王子!

ウォーレン歴9年 緑風の月9日 夕




 今日で3日目の魔術道具の露店は、珍しいものが好きな人たちに噂が広まったようで大盛況だった。


 魔術道具の教授に見つかったらどうしよう、というアレンさんの心配も、今のところは大丈夫そうだ。


「そろそろ片付けましょうかァ」


「そうだね」


 夕日が王都を照らす頃、私たちは片付けを始める。もうお客さんも来てないし、いいよね?


 ……と思っていたら、10歳くらいの男の子がてくてくと近付いてきた。


「なんだ、もう閉めてしまうのか?」


 むすっと男の子がそんなことを言うので私はアレンさんと顔を見合わせる。しゃがんで、男の子と視線を合わせた。


「いらっしゃいませ。そろそろ閉めようと思ってたけど、見ていく?」


「うむ。昼間は人が多くて近寄れなかった」


「あはは……」


 たしかに、ちっちゃい男の子では人混みに埋もれてしまっていたかもしれない。


 男の子はまだ屋台に置いてある品物を手に取ってまじまじと見つめる。


「ぱっと見はただの小物にしか見えないが、何故あんなに人が集まっていたのだ?」


 ……なんか、モーラを思い出す口調だなあ。モーラ、元気にやってるだろうか。


 さておき。私は男の子の持っている魔術道具を指さす。


「『魔術道具』っていって、魔法が使える道具なんだよ」


「ほう。魔力を込めればいいのか?」


 アレンさんも男の子の横にしゃがんだ。


「それぞれの道具に特有の動作をしつつ、魔力を込めるのが使い方ですネェ」


「ふむ。この馬のおもちゃはどうするのだ?」


 ……着眼点はやっぱり子供だ。口調と合ってないのがちょっと面白い。


「これは、こう」


 とんとん、と手のひらの大きさをした馬のおもちゃの頭を2回叩く。すると、生き物のように動き出して私たちの周りをぐるぐる走り回った。しばらくすると止まる。


「おお……!!」


 男の子はあからさまに目を輝かせている。あ、と私はひとつ思い出したことがあった。


「私が今してるリボンも魔術道具なんだよ」


「なんと」


 いつものリボンと色違いの、赤に金糸の刺繍が入ったリボンをほどく。男の子に見せると、じいっと見つめられた。


「なんでも、このお兄さんいわく、これを身に着けてるといいことが起こるんだって」


「へえ……」


 男の子はすっかり感心したように声を漏らす。そして、次は私たちの顔を眺めた。


「そなたたちは今まで王都で見かけたことがなかったが、新入りの商人なのか?」


「うーん……」


 なんと答えたものか。私は悩んだあげく、ざっと事情を説明することにした。


「実は露店をしてるのはおまけみたいな感じで、本当の目的はお医者さんに診てもらうことなんだ」


「医者? 協会には行ったのか?」


「それが、第三王子様の治療中で忙しいって言われちゃって」


 男の子は目を丸くする。そして、急に笑いだした。


「『魔術道具』の効果は本物のようだな、ははは!」


「……?」


「そのリボンを着けているといいことがあるのだろう? まさに今、いいことがあったぞ!」


「えっと?」


 話に全然ついていけない。男の子はえっへん、と腰に手を当ててふんぞりかえった。


「これは他の者には秘密だが、余がその第三王子だ。もちろん医者の予定も家も把握しているぞ」


「ええ!?」


「大声を出すでない!」


 いや、今のはさすがに大声も出るというものだ。こんな偶然って……?


「これもなにかの縁だろう。ささ、早く片付けるのだ! 余が直接医者のところに案内しようぞ!」


「ええええ!?!?」


「大声を出すでない!!」


 魔術道具の効果(かもしれない)で突然降って湧いた幸運。私たちは大急ぎで商品を片付け、男の子、もとい、第三王子様の案内でお医者さんの家へ向かったのだった。




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