100 研究所への来訪者

ウォーレン歴9年 緑風の月5日 昼




 今日の私は、びくびくするアレンさんを連れ出して、研究所の中庭に来ていた。なんでも、アレンさんのところに届くように王都ギルドに手紙が預けてあって、レイフさんが「王都に来たら寄ってけよ」と言っていたらしいのだ。


 アレンさんにその気はなかったみたいだけど、そんなことを聞いてしまっては私が気になってしょうがない。レイフさんにはアレンさんのこといろいろ教えてもらったし、挨拶くらいしないとね。


 そんなわけで、誰でも入れる正面玄関の中庭で待ち合わせをすることになったのだ。


 私はベンチに座りながら、中庭の向こうの大きな建物を感慨深く見上げていた。ここが王都の研究所か……。アレンさんも昔ここにいたことがあるっていうのは、なんだか不思議な感じだ。


「よーう、おふたりさーん」


 そわそわしっぱなしのアレンさんがベンチからガタッと立ち上がる。隣に座っていた私も立ち上がって声のした方を見た。薄茶のショートヘア、薄茶の瞳。比較的整った方の顔立ち。うん、レイフさんだ。


「お久しぶりです、レイフさん」


 私が手を振ると、レイフさんも片手を挙げる。


「おーう。アレン安心しろ、今日を指定したのは教授が会議で外に出て来ない日だからだ」


「お久しぶりですゥ……」


 こっちまで来たレイフさんは、アレンさんの肩を小突き、私の頭をかきまわした。


「やっと来たな。エスターちゃん、医者は見つかったか?」


「それが、長期待ちって言われちゃって」


「へえ?」


「立ち話もなんですし、向こうの東屋に座りませんか? あと、ついでなので中庭の植物の話も聞きたいです」


「お、おお。いいけどよ」


 私の植物愛がちょっと暴走してしまった。レイフさんは面食らいながらも東屋のほうに移動しながら植わっている植物の話をしてくれた。王都にしか咲かない珍しい花がたくさん咲いているのだ。これは気になる。


 そして東屋で私には「魔力回路」の異常があること、その専門のお医者さんが第三王子様の治療で忙しいことなんかをざっくり話す。あー、とレイフさんがなにかを思い出したようにあごに手をやった。


「噂で聞いたことあんな。なんか第三王子様はちっちぇーのにもう魔力量が多くて、魔力の制御がうまくできないとかいう話だ」


「へえ……」


「エスターちゃんもある意味制御できてないわけだし、そのへんの関連なのかねえ」


「そうかもしれないですね」


 そんなことを話していると――。


「あれ、あのときの!」


 突然向こうから聞こえた声に私とアレンさんは振り返る。見覚えのある――、あれはジミーさんだ!


「トーマスさん、覚えてないですか? いつぞやケミスの町から護衛してくださったエスターさんとアレンさんですよ!」


「ああ……、どうも、お久しぶりですな」


 こっちまでやってきたトーマスさんとジミーさんに、私たちも挨拶をする。ジミーさんが東屋に顔を半分突っ込んで私に笑顔を向けた。


「王都にいらっしゃるということは、お金が貯まったんですね! いやあよかった!」


「ありがとうございます」


「それじゃ、僕らは移動中なので、また機会があったら」


「はい!」


 風のように来て去っていったふたりを見送っていたら、レイフさんがぽつりと呟いた。


「お前ら、地味にすげーのな……」


「そうですか?」


「そうですかネェ?」


 そろって首を傾げた私たちに、レイフさんはただ苦笑を返しただけだった。




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