098 自分の力で!

ウォーレン歴9年 緑風の月1日 夕方




「おーい、兄ちゃん嬢ちゃん、着いたぞー」


 そんな言葉が聞こえて、私はぼんやり目を開けた。ちょっとごつっとするけど布の上に寝かせてもらっている感触に、状況が繋がらなくて瞬きをする。


「ウーン……?」


 隣でアレンさんの声もして、私はいよいよはっきり目を覚ました。


「アレンさん! あと、ゴブリン!!」


 大声をあげてがばっと起き上がったら、隊商の護衛をずっとやっていたおにいさんが落ち着け、と手で私を押しとどめた。


「両方とも問題ない。嬢ちゃんも回復したっぽいな?」


「あ……はい。ありがとうございます」


 私の隣、隊商の馬車の片隅に寝かされているアレンさんはまだむにゃむにゃ言っていて、とりあえず私だけ先におにいさんから説明を受けることになった。


 簡単にまとめると、アレンさんが即席で作った詠唱魔法でゴブリンはほとんど壊滅。残党は他のみんなでやっつけて、そのあとは無事王都まで来れたということらしい。


 なんで隊商に保護されているかっていうと、おにいさんが私に話があるかららしいんだけど……?


「それで、私に話っていうのは?」


「あーうーん、それな。兄ちゃんが寝てるすきに言うのもなんなんだが……」


 どうも歯切れが悪いおにいさんをじっと見つめてみると、おにいさんは、わかったわかった、と手を振った。


「いや、な。俺あのときすぐ近くにいたんだけどよ。あの魔法って、嬢ちゃんの魔力を兄ちゃんが高火力にして放出したわけだろ?」


「えっと、たぶんそうだと思います」


「俺たち王都往復専門の護衛やってんだけどよ、ああいう事件は月一くらいで起こるわけ。そういうときに、嬢ちゃんみたいなでっかい魔力もってる人がパーティにひとりいるかいないかでだいぶ違うんだ」


「……つまり?」


 おにいさんはちらりとアレンさんのほうを見た。まだ起きる気配はない。


「つまりー、その、なんだ」


 おにいさんはひとつ咳払いをする。


「兄ちゃんとのコンビもいいが、うちのパーティに来ねえか、ってこと」


「……!」


 私はびっくりして言葉が出なくなってしまった。王都往復専門の護衛なんていったら、相当強いパーティに違いない。そんなところに招待されるなんて、驚き以外のなにものでもない。


 おにいさんは私が黙ったのを渋っていると受け取ったのか、額に手をやってうんうん言い始めた。


「報酬は、そうだな。普段は人数で割って、今回みたいな活躍をしてくれればボーナス上乗せとか」


「えっ、好待遇すぎません?」


 ケミスの町にいたときとは大違いだ。思わず口をはさんだら、おにいさんは真面目な顔で首を横に振った。


「いくら『属性広場』の加護があるっていっても、森に入れば全員の魔力量の総合値が全部決めちまう。大きい魔力をもったやつがパーティにいればそれだけ安全が約束されるんだ、そりゃ大金はたくさ」


「そうなんだ……」


「おうよ、来る気になったか?」


 でも、残念ながら、私の答えは決まっているのだ。


「……ごめんなさい」


「理由を聞いてもいいか?」


 残念そうなおにいさんに、私はアレンさんを視線で示す。


「やっぱり私はアレンさんとコンビを続けていきたいですし、それに」


「それに?」


「私は詠唱魔法が使えなくて、治療のために王都に来ました。魔力だけで人の役に立てるのも嬉しくないわけじゃないけど、やっぱり自分の力で誰かの役に立ちたいんです」


「そっかー、フラれちまったな」


 おにいさんは私の本音を聞くと照れたように苦笑して頭をかく。ちょうどアレンさんが起きたので、お互い視線で、今の話はなかったことにした。


「アレェ? 今はどういう状況でェ……?」


 おにいさんがアレンさんにかくかくしかじか説明している間に、私はさっき自分で言った本音を噛み締めていた。


 アレンさんとコンビでいたいのも、自分の力で魔法を使いたいのも、全部私の本心だ。思いがけないところで再確認して、私は夕陽が橙色に染める王都の空を見上げたのだった。




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