097 【光炎華】

ウォーレン歴9年 緑風の月1日 夕方




「おいおい、嘘だろ……」


 誰が呟いたともしれない、みんなの本音がぽつりとこぼれた。リーダー役をやっているおじさんも少し焦った様子だ。


「とりあえず【防壁】を広げるしかない! 耐えろ!」


 おう、とみんなが応じて隊商の人たちを真ん中にするように円陣を作る。【防壁】をまんべんなくかけたら魔法士の人たちはそっちに精一杯で、剣士や闘士の人たちが前に出ていった。


 でもゴブリンの数が多すぎて、ひとりあたり対応しなきゃいけないゴブリンが何体もいる。これじゃ押されるばっかりだ。


「アレンさん、どうしよう……」


「ひとつゥ、賭けがあるのですがァ……あまりやりたくないですネェ」


 珍しく、アレンさんの歯切れが悪い。


「勝算が低いから?」


「いえェ……勝算はかなりあるほうですゥ」


「じゃあ、なんで?」


 アレンさんが私のほうに顔を向ける。口元が困ったようにもごもご動いた。


「……エスターはァ、【魔力共有】にはあまりいい思いをしないのではないかと思いましてェ」


「あー……」


 たしかに、【魔力共有】にいい思い出があるかっていうと、そこまででもない。でも。


「今は非常時だよ、そういうのはあとまわし!」


「……わかりましたァ」


 アレンさんはまだ苦い声音で頷くと、リーダー役のおじさんのほうへ向かった。なにやら話をしたかと思ったら、おじさんが全員【防壁】の内側に下がるように、と号令をかけた。


「じゃァエスター、お手を拝借ゥ」


「うん」


 アレンさんの差し出した手に手を乗せる。アレンさんがぼそっと詠唱を唱えた。


【魔力共有】パーティシピイツ・マジケ


 ふわりと、久しぶりの【魔力共有】の感覚。アレンさんが私の手をきゅっと握ったので顔を見上げると、アレンさんはゴブリンの群れが迫ってくるのを見つめているようだった。


「いきますヨォ」


「……うん」


 アレンさんはすう、と息を吸う。聞き慣れているはずなのに初めて聞く、凛とした声が耳を打った。


「ルヂス・フランメ・フローレ!」


 知らない詠唱。そういえばアレンさんは詠唱魔法を作る授業で成績首位だったんだっけ?


 発動した魔法は光魔法らしく、アレンさんの頭上に大きな光の球体になって浮かび、どんどんその高度を上げていく。それと同時にどんどん膨らんだ。


 森の木々のてっぺん近くまで昇ったそれは馬車くらいの大きさになっていて、次の瞬間バァン! と大きな音を立てて破裂する。思わず攻撃を忘れてそれを見上げていたゴブリンたちに光の雨になって降り注いだ。


 ゴブリンたちに当たった光の粒はそのまま発火して、ゴブリンを燃やして塵にしていく。ギャアア、とゴブリンの断末魔がこだました。


「これで相当数のゴブリンを減らせているはずですがァ、使い慣れない量の魔力を使うのはキツいですネェ……?」


 不穏なことを呟いたと思ったらアレンさんが気絶して崩れ落ちたので、私はびっくりしてしまう。


「アレンさ……あれ……?」


 私まで頭がクラクラして……あ、魔力使い切ったのか――。


 そう気づいたときには、私の視界は真っ暗になっていた。




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