096 「握り手棒」

ウォーレン歴9年 緑風の月1日 昼




 足早に進み始めた私たちはしかし、しばらく進んだところで後ろからゴブリンの矢の襲撃に遭った。


 後方を歩いていた冒険者の人たちが急いで【防壁】を展開して、前方へ大声を上げる。


「ゴブリン、来やがったぞ!」


 その声を聞いて、隊商の人と最低限の護衛を残した冒険者はみんな後方に集まる。私とアレンさんもそこに加わった。


 早速魔法士の人たちが光魔法で対処しているけど、こっちの動ける人数に対してゴブリンが多すぎる。【防壁】を守るためには詠唱を何度もかけ直さないといけないから、そのぶん攻撃に割ける魔力と時間が減ってしまうのだ。


 ……じゃあ、矢の攻撃がこなければいいんじゃない?


「アレンさん、あれ使おう」


「アレですネェ、きっとおんなじことを考えましたヨォ」


 アレンさんが木箱から取り出したのは釣り竿に巻き取り滑車とそのほかにもうひとつの取っ手がある魔術道具。その名も「握り手棒」だ。


「さっすが相棒!」


「フッフッフ」


 受け取って、柄の部分をぎゅっと握る。すると、糸がぼうっと光り始めた。よし、準備万端だ。


 私は【防壁】の端のほうに移動して、隙間から弓兵らしきゴブリンを探す。あ、いた。ちょっと後ろの方に一列になってる。


「よし。そー……れっ!」


 弓兵のゴブリンの手元目がけて、竿を大きく振りかぶって、針を投げる。魔力をまとった糸はどこまでも伸びて、けっこう遠くにいる弓兵の弓に針がかつん、と当たった。


 ゴブリンがぎょっとしているうちに、私は滑車とは逆のほうに付いている取っ手を思いっきり手前に引っ張った。針の先からぶわっと魔法の手が広がって、弓をしっかりつかむ。


「狙い通り!」


「やりますネェ、エスター」


「へへへ」


 あとは滑車を回して糸を引き戻せばいい。ゴブリンが必死にくらいついてきて重かったけど、ぶんぶん竿を振り回していたらぼてっと地面に落ちてくれた。よし。


 糸を完全に引き戻したあと、取っ手を元の位置に戻すとぽろっと弓が足元に落ちる。


「まずはひとつ!」


「じゃんじゃんいきまショウ!」


「うん!」


 今の要領で私は「弓兵ゴブリンの弓を奪う」という後方支援を続けた。足元に弓が山積みになるころ、ゴブリンたちが攻撃の勢いを緩めた。わっと歓声が上がったのもつかの間、アレンさんがばっと後ろを振り返った。


「アレンさん?」


「『魔力探知球』がおかしいですゥ。これじゃァ、まるで囲まれているようなァ――」


 ガサガサガサ! アレンさんの言葉を遮るように、大きな音を立てて草むらが揺れる。


 ――さっきとは比べものにならないくらいの、ゴブリンの大群が、私たちの周りを取り囲んで目を光らせていた。


 もうみんなけっこう消耗してるのに、この数を相手するのはかなり厳しい。緊迫した空気が流れた。




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