094 守護の森

ウォーレン歴9年 緑風の月1日 朝




 いよいよ王都への門が開く日だ。早起きして宿の部屋を出ると、同じように部屋を出たアレンさんが薄いピンクのカーディガンを持ってこっちに向かってきた。


「エスター、暑いでしょうが今日はぜひコレを着てくだサイ」


「カーディガン……?」


「『斥力服』という魔術道具に仕立ててありますゥ。今日はなにが起こるかわかりませんからネェ」


 かくかくしかじか、アレンさんの説明によると、「斥力服」というのは受けた衝撃や魔法を跳ね返す魔法が組み込まれていて、ダメージが少なくすむのだとか。


 マントもあるのでお節介かとも思ったんですがァ、と恐縮するアレンさんだったけど、せっかく作ってくれたんだし、着ておこう。それだけ心配してくれたってことだろうしね。


 そんなわけで、私とアレンさんは朝食を早くすませて、門が開く前の広場へ向かった。昨日とは違って広場の方向へ人の流れができていて、改めてここが王都へ続く町なんだと感じる。


「いよいよ王都だね、アレンさん」


「その前にあの森が大変ですけどネェ」


「そうでした」


 そんな話をしつつ、広場に着く。開門時刻からみてそんなに遅いわけでもないのに、もうすっかり人が集まっていて、どこかぴりっとした雰囲気まで漂っている。


「……そんなに大変なの?」


 小声でアレンさんに訊ねると、アレンさんも小声で返してくる。


「即席パーティがいつの間にかできるくらいには大変ですヨォ」


「うわぁ……」


 大変な一日になりそうだ。気を引き締め直したところで、大きな隊商が広場に入ってきた。護衛の人も相当数雇われているみたいで、ものすごい大所帯だ。


「わ、すっごい」


「王都で商売をするにはァ、中で作るか外から大量に持ち込むかの二択しかありませんからネェ」


「あー、そういうことか」


 月に3回しか門が開かないから、その間のぶんの商品を全部持っていかないといけないのか。それは大変かもしれない。


「アレンさんはもちろん?」


「中で作るほうですヨォ」


「だよねー」


 そんなこんなで、開門時刻が近付く。昨日見た小屋の方を何気なく見ると、あのおにいさんが真面目そうな顔で詠唱を唱えていた。たぶん【開錠】だろう。


 大勢の旅人の命運を左右するのだから、やっぱり緊張とかするのだろうか。ずいぶん慣れた様子だったから、昨日はわからなかったけど。


 門の正面に立っているギルド長さんらしき人が号令をかけると、「属性広場」が作動して広場の地面が陽の光に負けないくらい光り始める。わぁ、と誰ともなく声が上がった。


「……意外と、効果がついた感じしないなぁ?」


「それが意外としっかりついているものですヨォ」


「そんなもんかー」


 光が収まると、門がゆっくり開く。門の横にはギルドの制服を着た人がびっしり並んでいて、私たちを安全に送り出すと同時に、このフォアの町を守るぞ、という気概が感じられた。


「いってらっしゃい!」


「いってきます!」


「いってきますゥ……」


 そんなふうに声をかけあって、私たちは王都を守る魔物の森へと足を踏み入れたのだった。


 ……そこからがやっぱり大変だった。


 普段見かけるような雑魚の魔物なんてそこらじゅうから目を光らせているし、もちろん気が向いたら襲ってくるし、ケミスの町の森のヌシだった(らしい)巨大マッドワームみたいな魔力量の魔物が平気で飛び出てきたりする。


 大荷物で身動きがとりにくい隊商を守るように冒険者が散らばって対処していくわけだけど、即席パーティとかいう規模じゃなくて、もう全員で一致団結しないとやってらんない感じだ。


「これは……すごいかも」


「そうなんですヨォ」


 私とアレンさんももちろん戦う冒険者の一員だ。アレンさんが「魔力探知球」を見張っておいてくれるから、比較的対処がしやすい。


 目の前に立ちふさがった大きな魔物をみんなで塵にしてほっと息をついたところで、アレンさんが急に鋭い声をあげた。


「エスター!」


「?」


 なんのことだかわからずに振り返ろうとした瞬間――私の左側から赤い閃光がほとばしった。




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