093 守りの要

ウォーレン歴9年 陽春の月30日 昼




 いよいよ明日王都への門が開くということで、私とアレンさんは最後にフォアの町にある博物館に足を運んだ。フォアの町と王都に関する、歴史博物館だ。


「こんな大きな町になると博物館まであるんだね」


「小さい町だと図書館が歴史資料を保存している程度ですけどネェ」


 そんなことを話しつつ、チケットを買って中に入る。順路に沿って歩いていくと、まずは誰もが知っている建国の歴史から始まった。


「ちっちゃい子の勉強用にも使ったりするのかな」


「わざわざ建てておいて大人用じゃァもったいないですからァ、きっとそうでショウ」


 最初は国としての体裁も整っていなかったところから、町を作り、街道を整備し……。歴史は進んでいって、私とアレンさんの知りたかった、「門が毎日開いていない理由」のところにたどりついた。


 ――むかしむかし、まだ国境が曖昧だったころは、隣国との戦がさかんでした。


 ――王が殺されてしまっては、国は成り立たない。そこで、王都を魔物の巣窟の奥へとあえて移動させることで、王を天然の防壁で守りました。


 ――民を守るため、魔物があふれ出る王都への門は月に三度、一日ずつしか開きません。その名残が、今も残っているのです。


「あ、だからレジューム地方に入ると魔物が強くなったんだ」


「そういうことかもしれませんネェ」


 さらに歩いていくと、ちょっと広いところに出た。床に円を描くように、幾何学模様が描かれている。


「アレンさん、これって……?」


「ぽいですネェ……?」


 ふたりで壁の説明書きを覗き込む。そこにはやはり、「魔術道具:属性広場」という見出しがあった。


 ――王都へ続く門の手前の広場には、大がかりな魔術回路が敷いてあります。


 ――広場の四隅にある歯車をそれぞれ回転させることで、旅人を守る効果も敵を弱らせる効果も、複雑に組み合わせて与えることができるのです。


「へええ……」


「ほぉォ……」


 私たちはそれぞれ感嘆の呟きを漏らす。どちらからともなく顔を見合わせた。


「あとで見に行こうよ」


「もちろんですゥ」


 それからはフォアの町の発展の歴史を眺めて、博物館を出る。私はそわそわしてしまって、軽く足踏みしながらアレンさんを振り返った。


「広場はあっちかな?」


「楽しそうですネェ、エスター」


「だって、あんなの見ちゃったんだもん」


 そして、アレンさんなら解説をしてくれるに違いないんだもん。期待を込めて手招きすると、アレンさんは小さく笑って私の隣を歩き始めた。


 人混みを歩いて、広場に向かう。今日は門が開かない日だから広場へ向かう方角へ歩いている人は少ない。そのせいでなんだか逆走するみたいになった。


 いざ広場に出ると、その広さに圧倒される。100人、いや、もっとたくさんの人が一度に集まっても、すっかりしまいこんでしまうだろう。


「広ーい……」


「四隅ということはァ、あのへんでしょうかァ」


「アレンさんだってノリノリじゃん」


 私が思わず笑うと、アレンさんは照れたようにもさもさ頭をかき回す。ふたりで広場の隅に小さな小屋が建っているところへ向かった。


 小屋の前に着くと、アレンさんは「鑑定モノクル」を装着する。しばらくじっと見つめたあと、ほう、と息を吐いた。


「やはりといえばやはりなのですがァ、厳重に【施錠】がかかっていますネェ」


「じゃあ中のことまではわからないの?」


「そうですネェ。覗き見る隙間もありませんしィ」


「えー、ざんねーん」


「私もですヨォ」


 そんな話をしていると、おや、とやけに明朗な声が聞こえた。わたしたちはそろって声の方向を振り返る。


「そこのおふたりさん、その小屋に目をつけるとは、なかなか……ただの旅人じゃなさそうだね?」


 ギルドの警備員の服装をしたおにいさんが、ニコニコしながら近付いてくる。アレンさんがぶんぶんと両手を振った。


「決して怪しいものではございませんですゥ、はいィ」


「へえ? じゃ、博物館を見て広場が気になった普通の旅人さんってところかな」


「そんなところです」


 私が言うと、おにいさんはそうかそうか、と笑う。


「こんな可愛らしいお嬢さんがスパイなんてこともないだろう。いいよ、解説してあげよう」


 ……そんなにあっさりしてていいんだろうか。私とアレンさんは顔を見合わせてしまう。おにいさんはハハッと軽く笑った。


「といっても、僕ら下っ端にはそんなに情報がきていないんだ。この小屋の中には、博物館にあった通り、属性を与える歯車が入っている」


 おにいさんはほかはあっちとそっちとあっちね、と残りの小屋のあたりを指さした。


「それぞれ、体力、魔力、状態、幸運という属性をいじるものだけど、どの歯車がどの属性を左右しているのかは上の人しか知らない。僕らはこの小屋を見張ったり、旅人に合わせて指示されたように歯車を回すだけ」


 立て板に水、といったふうに喋っていたおにいさんは、私にウインクしてみせる。


「ちなみに、右回しが強めるほうで、左回しが弱めるほうだよ」


「へえ……」


 たしかに知りたいとは思ってたけど、ここまでペラペラ喋られると逆に勢いに押されてしまう。アレンさんもぽかんとした様子だ。


 さて、とおにいさんは手を叩いた。


「僕が話せることは全部話したし、解散! でいいかな?」


「あ、はい……」


「ハイィ……」


「じゃ、君たちの旅の無事を祈ってるよー」


 ひらっと手を振っておにいさんは去っていく。私たちも「解散」と言われた手前、とりあえず小屋から離れる方向に歩き出した。


「なんていうか……濃いおにいさんだったね……」


「そうですネェ……」


 でも、明日の出発は楽しみになった。私はどんなふうに「属性広場」が作用するのか、わくわくしながら広場をあとにしたのだった。




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