091 「さみしいよ」
ウォーレン歴9年 陽春の月27日 深夜
首が傾いたまましばらく動きを止めていたアレンさんがゆらっと顔を上げたので、私はためしにアレンさんの目の前でひらひらと手を振ってみた。
「アレンさーん?」
「なぁに、エスター」
よし、ばっちり酔ったみたいだ。これならきっと、アレンさんの本音が聞き出せる、よね?
「アレンさん、真面目な話だけど」
「うん?」
「私が詠唱魔法を使えるようになったら、魔術道具は必要ないかもしれないよね」
「そうだね」
こくりと頷くアレンさん。酔ってるけどそのへんの判断力は普通らしい。不思議な感じだ。
「つまり、コンビ解消……になるかもしれない、よね?」
「そうだね」
……これはただ相槌を打ってるだけかも? ちょっと違う話を振ってみよう。
「ところでアレンさんは私のことが好きだって言ってたけど」
「言ってないよ!?」
あ、判断力あった。そこまで全力で否定しなくても、と思わなくもないけど、まあひと安心。
「まあそれは私の勘違いとして。コンビ解消になって、アレンさんはさみしくないの?」
「…………」
アレンさんは顔をくしゃりと歪めて、またグラスを手に取った。ゆらゆら揺れながら、ちびちびコルヒを口に運ぶ。
「……僕が決めることじゃ、ないからさ」
ぽつり、アレンさんが言ったのは、そんな言葉だった。
「どういうこと?」
「詠唱魔法を使えるようになったら、今よりずっと便利になる。そのときにエスターがどうしたいのかが、いちばん大事だよ」
「それは、この間も聞いた」
なんだかむっとして、私はラッカ酒で喉を潤してアレンさんにずいっと迫った。
「今は、私のことじゃなくて、アレンさんのことを聞いてるの!」
「エ、エスター。近い近い」
「さみしいかさみしくないか、聞くまでこの距離だから!」
「えぇ……」
きょどきょど視線をさまよわせて、アレンさんはようよう、小さな声で、
「そりゃ……さみしいよ」
と、言った。
私はなんだかとってもほっとして、アレンさんから顔を離して座り直す。そうだよね、アレンさんは優しいから、私に気を遣ってくれただけなんだ。
「ありがとう、アレンさん。私も、コンビ解消になったらさみしいなって、思ってた」
こころなしか顔が赤い気がするアレンさんが、ぱたぱたと両手で顔をあおぐ。
「でも、じゃあエスターは詠唱魔法を諦めるの?」
そう訊かれてしまうと、難しい。私はこくりとお酒を飲み込んで、背もたれに寄りかかった。
「それは……まだ、わかんないな。諦めたくはないけど、アレンさんともコンビ解消したくないなって、複雑な感じ」
ふわ、とアレンさんの口角が上がる。
「ふふ、エスターはわがままだね」
「それは、ちょっと否定できないかも……」
私は苦笑いするしかない。そのあとは、またぽつぽつと旅の思い出とか、この先の予定とかを話して、時間が過ぎていった。
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