089 一歩手前の町
ウォーレン歴9年 陽春の月27日 昼
私とアレンさんは、グランの町からさらに王都に近付いて、王都の一歩手前のフォアの町まで来ていた。
グランの町も相当大きかったと思うのに、フォアの町はさらに大きい。あまりに大きいものだから、門を入るときに門衛さんにこの町のしおりなるものを渡されたくらいだ。
しおりによると、ここから王都へ通じる門は毎日開いているわけではないらしい。次に開くのは緑風の月1日だというので、私とアレンさんはそれまで買い出しをしたりすることにしていた。
アレンさんが主に見て回ったのは、防具とか身を守る道具のお店だった。王都へ続く森は1日あれば抜けられる代わりに、強い魔物が出るのだそうだ。
「こうして買い物をするのも懐かしいですネェ……」
ぽつり、アレンさんが呟いたので、私は黙って続きをうながした。
「高等学校の受験生は専用の護衛付き馬車が出るのでよいのですがァ、中退した後に王都の外に出るときは大変でしたァ」
魔法を防ぐような防具の性能は、所有者の魔力量に依存する。たしかに大変そうだ、と思って、まあだいたい予想はつくけど、訊いてみる。
「防具、どうしたの?」
「普通のを買ってェ、私専用に改造しましたヨォ」
「……そうだと思った」
顔を見合わせて、私たちはくすくす笑ったのだった。
夕方になって、私たちは宿に向かう道を歩き始める。私はよし、と決意して、アレンさんの前に回り込んだ。
「エスター?」
アレンさんが不思議そうな声を上げる。その腕をとって、昨日目星をつけておいたお店のほうへ引いた。
「アレンさん、今晩は酒場に行こう!」
「ハイィ!?」
アレンさんは今度はすっとんきょうな声を上げる。私はかまわずぐいぐいアレンさんの腕を引っ張った。
「私のおごりだから! ね!」
「おごりとかそういう問題ではなくゥ……?」
なんだかんだアレンさんは抵抗せずついてきてくれる。それをいいことに、私はアレンさんを酒場に連行した。
私がアレンさんを連れていったのは、酒場といってもちょっと小洒落た雰囲気のところだった。
「いらっしゃい」
給仕のお姉さんに微笑まれて、私はどぎまぎしながら2名です、と伝える。
案内されたのは、コップふたつとおつまみくらいしか乗らなさそうな丸テーブルを小さなソファで向かい合わせにはさんでいるこぢんまりした席だった。
いそいそ座ると、アレンさんはまだまごまごしている。
「あのォ、エスター? なんでまたァ、急に酒場なんてェ……」
アレンさんの疑問の声はあえて無視。
「私のおごりだから、私が注文するのでいいよね?」
「嫌な予感がしますゥ……」
ぶつくさ独り言に切り替わったアレンさんを放っておいて、私は注文を取りにきたお姉さんに笑顔を向けた。
「おすすめのおつまみと、ラッカ酒の水割りと、コルヒのロックお願いします!」
「やっぱりですかァ!?」
アレンさんの絶叫に怪訝な顔をしつつお姉さんが立ち去ると、アレンさんはがっくりと肩を落とした。
「どうしてエスターまで私を潰そうとしてくるんですかァ……」
私はふん、と胸を張った。
「今夜はアレンさんの本音を聞くまで帰らないから!」
顔を隠す前髪や不思議な口調でいつもごまかされてしまう、アレンさんの本音。レイフさんがアレンさんの愚痴を聞くときに酒場に連れていっていたという話は聞いていたから、これだ、と思ったのだ。
「本音もなにもォ、ありませんヨォ……?」
「いいからいいから。はい乾杯ー!」
届いたグラスを持ち上げると、アレンさんもグラスを掲げた。
「乾杯ィ」
「はい飲む! ぐっと飲む!」
「急かさないでくださいィ!」
わたわたするアレンさんも、自分がこれからしようとしていることも、面白くなってつい笑ってしまう。
アレンさんは笑いごとじゃないですヨォ、と頬を膨らませた。
「だいたいィ、本音って何についての本音なんですかァ?」
「そこはほら、アレンさんが酔ってから」
「不公平さがすごいですネェ……」
でもアレンさんは顔を渋くしながらちびちびとコルヒを飲んでくれる。私もあわせてラッカ酒を口に運んだ。
エスター財布:315ユール62セッタ
エスター口座:14,238ユール50セッタ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます