087 「大切な」

ウォーレン歴9年 陽春の月24日 朝




 次の日。私は食堂で朝食を摂りながらアレンさんに質問を投げかけた。


「アレンさん、今日は魔術道具を作る日だよね?」


「そうですネェ」


「じゃあ私は予定がないってことでいいよね?」


「? いいですがァ……」


 私はぐいっと野菜ジュースを飲み干す。とん、とコップをテーブルに置いた。


「アレンさんの実家の住所、教えて!」


「えェ!?」


 アレンさんはフォークからぽろっとお肉を落としてしまう。私は勢い込んで先を続けた。


「アレンさんは高等学校を中退しちゃったかもしれないけど、別にさぼってるわけじゃなくてちゃんと頑張ってるじゃん! 誤解されたままなんて悲しいよ!」


「それはァ……」


「アレンさんがよくても、私が嫌だから。だから、アレンさんのお父さんと話してみたいの!」


 アレンさんは私の勢いに押し負けたふうで苦く笑った。


「そこまで言うならァ……仕方ありませんネェ」




 そしてその日の昼。私はアレンさんの実家の前に来ていた。アレンさんのお父さんも高等学校の出身で、お仕事は時々見つかる古文書の解読なのだとか。


 つまり家に訪ねてくる人が少ないってことだよね……。


 そんなことを考えて緊張しつつ、ドアベルを鳴らした。ガランガラン、と音がしてしばらく。ガチャリとドアが開いた。


「……どちらさん?」


 ドアから顔を出したのは……あの時のおじさんだ、間違いない。短く刈り上げた金髪、金色の瞳。


「ケミスの町から来たエスターです」


「古文書の解読依頼なら直接じゃなくギルドに――」


「今日はアレンさんのことで話があって来ました」


 私の言葉に、アレンさんのお父さんは目を丸くして言葉を切った。でもすぐに、呆れたような顔になる。


「あのバカ息子について話すことなんてない。帰ってくれ」


「あ、ちょっと!」


 バタン、とドアが閉められてしまう。私は再度ドアベルを鳴らしてみたけど、もうドアが開くことはなかった。




 翌日。私は、本当にやるんですかァ、と困った様子のアレンさんを置いて、またアレンさんの実家に向かっていた。


 ドアベルを鳴らして名乗ると、もう来るんじゃない、とそっけない返事。でも私も引き下がってはいられない。


 こうなったらアレンさんのお父さんが外に出てくるところを捕まえよう。私は近くの花壇のふちに座って待ち構えることにした。


 ぽかぽかと暖かい昼を過ぎて、夕方。ガチャリと音がした方向を見ると、アレンさんのお父さんが家から出てきたところだった。


 大きめの手提げを持っているところを見ると、買い物にでも行こうとしているのだろう。


「……あんた、まだいたのか」


 アレンさんのお父さんはため息を吐いて、さっさと歩き去ろうとする。私はそれに小走りでならんだ。


「エスターです。あなたは?」


「……ロビン」


 うっとうしそうに、半分諦めたように名乗ってくれるアレンさんのお父さん――ロビンさん。


「まず私の話になりますけど」


「聞いてない」


「私は今、アレンさんとコンビを組んで冒険者をやってます」


「あのな……」


 ロビンさんは足を止めて私を見下ろす。さすがアレンさんの親というか、背が高い。でも私も負けじと見上げ返した。


「だから、アレンの奴の話は」


「昔いろいろあったのかもしれませんけど、今のアレンさんは頑張ってます。実のお父さんに誤解されたままなんて、悲しいです」


「……あんた、あいつの何なんだ?」


 私は一瞬、言葉に詰まった。何、って……。


「そんなの、私にとって大切な相棒に決まってるじゃないですか! だからこんなに必死になってるんです!」


「…………」


 ロビンさんはぽかんとしたあと、ふ、と小さく笑った。


「いつものレストランで待っている、とアレンに伝えてくれ」


「……はい!」


 私は満面の笑みで頷く。ロビンさんはひらりと手を振って人混みに紛れていった。


 私はアレンさんとロビンさんがちゃんと話をできるのが嬉しくて、アレンさんの待つ宿に戻ろうとるんるんできびすを返した。




 そして、その夜。アレンさんに連れられて行ったレストランで、約束通りロビンさんが待っていた。


「じゃあ、アレンさん」


「はいィ?」


「ここからは親子水入らずで!」


「エェ!?」


 ロビンさんが酒杯を傾けるテーブルにアレンさんをぐいぐいと押し出す。私はさっと別のテーブルに陣取った。


 何を話しているのかは聞こえないけど、ふたりがぽつぽつと口を開き始めたのが見えて、私はほっとした。


 アレンさんは私の大切な相棒だ。何があっても、詠唱魔法が使えるようになっても、それは変わらないと思う。いや、変わりたくない。


 そんなことを考えながら、私はひとまずメニューを見るほうに意識を移したのだった。




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