086 アレンの昔話
ウォーレン歴9年 陽春の月23日 夕方
日を改めて、陽春の月23日。少し気持ちを整理させてほしい、とアレンさんに言われて、私はおとなしく宿の自分の部屋でアレンさんが呼びにくるのを待っていた。
ゆっくり陽が沈み始める。そんなに辛いことがあったのだろうか、と心配になってきた頃、小さく部屋の戸が叩かれた。
「エスター?」
「アレンさん」
思わず勢いよく椅子から立ち上がって、戸を開ける。見た感じはいつも通りのアレンさんが廊下にたたずんでいた。
「話をまとめるのに時間がかかってしまいましたァ……私の部屋へどうぞォ」
「う、うん」
私の部屋でもよかったんだけど、一応気を遣ってくれたんだと思う。私はすっと歩き出したアレンさんの後ろをついていった。
アレンさんの部屋に入り、ひとつしかない椅子に座るようにうながされる。アレンさんはゆったりと腰を机にもたれかからせた。
「そうですネェ。エスターを前にするとォ、やはり何から話したものかァ……」
私はじっとアレンさんの言葉を待つ。アレンさんは思いついたように、あァ、と呟いた。
「レイフサンが私に会いにきたときィ、エスターにどこまで話したか教えていただいてもォ?」
「え……っと、成績はすごくよかったんだけど、研究室の教授と相性が合わなくて大変だったって」
「そのあとはァ?」
「そのあと……?」
特に話していなかった気がする。レイフさんがアレンさんの愚痴をひたすら聞いていた話くらいだ。
私が首を傾げると、アレンさんは苦笑してため息を吐いた。
「レイフサンらしいですネェ。私の評判を下げることは律儀に黙っておいてくれたわけですかァ」
「評判を下げること?」
私がおうむ返しに訊ねると、アレンさんは小さく頷いた。
「簡単に言ってしまうとォ……私はァ、高等学校を卒業していないのデス」
そこからアレンさんが話してくれたのは、だいたいこんな感じの話だった。
王都の高等学校の最終学年では、生徒は王都の研究所に一年間研修に行く。レイフさんとアレンさんもそこで親しくなったわけだけど、同時に教授とアレンさんはそりが合わなくて喧嘩ばかりしていた。
レイフさんが愚痴を聞いてくれて半年はもったけれど、教授にある日、「お前に卒業の認定をやる気はない」と言われてしまった。アレンさんも売り言葉に買い言葉で、その足で退学届けを出したのだという。
心配したレイフさんがアレンさんにギルドの定期納品の仕事を紹介してくれて、露天商も始めて、今のアレンさんがあるわけだけど……。
ひとつ、問題があるとすれば。それは、高等学校の学費をアレンさんのお父さんがひとりで出してくれていたことだった。半年ぶんの返金はあっただろうけど、きちんと卒業できなかったのはたしかで。
初めてだらけの仕事が落ち着くまでは、手紙を書く余裕も、謝りに行く勇気もなかった。いざ落ち着いて手紙を出すと、受取拒否でアレンさんの元へ返ってきたのだった。
「受取拒否……」
私が呟くと、アレンさんは肩をすくめた。
「父には呆れられてしまったのでショウ。それ以来ずっと交流はありませんネェ」
「なんか……聞いちゃって、ごめんなさい」
「いいですヨォ。話してもいいと思ったのは私ですからネェ」
アレンさんは平気そうにしているけれど、お父さんと仲たがいしたままなのは辛いんじゃないだろうか。
私は、ひとつの気持ちがふつふつと湧き上がるのを感じていた。
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