084 こんなに近く?

ウォーレン歴9年 陽春の月22日 夕方




 陽もだいぶ傾いた頃、私たちの乗った船は無事向こう岸に着いた。シーリアグのあとは雑魚の魔物が数匹飛び出してきたくらいですんで、正直ほっとした。


 屋内席の人たちがぞろぞろと船から降りていく。外周席の私たちも立ち上がって下船を始めた。


「嬢ちゃんたち、ありがとな!」


 いちばん共闘の回数が多かった闘士のお兄さんが、下船してすぐに声をかけてくれた。ぴん、ぴん、と私たちにそれぞれ5ユール硬貨を指先で飛ばしてくる。


 私たちがわたわたとそれを受け止めたのを確認して、お兄さんはにっと笑った。


「あんたら面白ぇし、活躍もしてくれたし、ちょっとした礼だよ」


「……ありがとうございます!」


 先に去っていったお兄さんたちを見送って、私とアレンさんは顔を見合わせる。


「なんか……いまさらだけど、不思議な感じ」


「そうですかァ?」


「うん」


 そう、すごくいまさらだ。魔術道具を使って誰かの役に立つ、ってこと。


 もう一年くらいやってるけど、本当はすごく不思議で、はたから見たら「面白い」ことなんだって、なんだか改めて実感してしまった。


 私はそんなことを考えつつ、つやつやの5ユール硬貨をためつすがめつする。ふとアレンさんが嬉しそうにゆらっと揺れた。


「なにはともあれェ、今回も活躍できてよかったデス、エェ」


「それは、そうだね」


 私たちは硬貨をお財布にしまって、向こうに見えている次の町の門へ向かって歩き始める。アレンさんがしみじみと呟いた。


「レジューム地方も奥まってきましたネェ……王都ももう少しですゥ」


「……うん」


 私はアレンさんの持っている「現在地図」を覗き込む。アレンさんが地図を縮小して王都までの道のりを見せてくれた。次の町と、その次の町を過ぎたら、王都。


 あとふたつの町しかない。


 順調に旅が進んだら、王都に着くのもあと少し。お医者さんに会える日も、近付いてきている。


 詠唱魔法が使えない体質を治したい、その気持ちは変わらないけど、でも、最近はそれだけじゃない。


 ……アレンさんと、ずっと一緒に旅をしていたい。旅をしている時間が長くなればなるほど、その気持ちは大きくなっていく。


 治療を楽しみに、素直に喜べない自分がなんだか嫌で、でも、アレンさんとコンビを解消したくない自分もいて。


 もうこんなに近くまで来ちゃったのか、と、どんな気持ちでいればいいのかわからないまま、私は足を動かすのだった。




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