082 出港
ウォーレン歴9年 陽春の月22日 昼
私とアレンさんはチケットを買って列から離れ、出港時間までの間に適当な段差に座ってさっき買った屋台のおやつを食べてしまうことにした。
外周席はいつ魔物が襲ってくるかわからない。そんななかで食べるのは楽しくないし落ち着かないだろうと思ったからだ。
どっちから食べよう。バッチョは砂糖菓子だから陽の光でどんどんしぼんでいくし、フラシェスは氷のお菓子だからじわじわ融けていく。
「エスターはドチラを食べる気で買ったんですかァ?」
「えっと、その……半分こできたらいいなって思って」
わりと今まで普通にやってきたから自然とそう思って買ったけど……。そういえばアレンさんはこういうの嫌じゃないだろうか。
私はアレンさんをおそるおそるうかがい見る。アレンさんは嬉しそうにゆらゆら揺れた。杞憂だったみたい。
「いいですネェ。一度にふたつおいしいですゥ」
「うん!」
よかった、いつも通りだ。安心したような不思議なような気持ちで、私はふたつのお菓子を差し出した。
「アレンさん、どっちから食べる?」
「バッチョが原型がなくなりそうですからァ、さっさと半分こしてしまいまショウ」
「そうだね」
アサクのバッチョは、香りはあるけどもう花の形を保てていない。手で半分に引き裂くと、ほのかについていた香りが強まった。
うわ、とってもいい香り。私はふわっふわのバッチョを落とさないようにアレンさんに手渡した。そして、ぱくりと自分のバッチョをひとくち口に入れる。
甘い味と、優しい香りが広がる。ぱちぱち弾けるような感触があるのは、なにかそういう魔法でも仕込んであるのだろうか。
「おいしい!」
「いい香りもしますネェ」
そんな感じでバッチョを片付けて、次はフラシェスだ。
「半分こって言ったけど、これ、硬いから半分にできないね?」
「エスターが先にかじっていいですヨォ」
「え、あ、えっと、うん」
それってなんかこう、なんか……考えないことにしよう。
がりっとフラシェスをかじると、ラッカの酸っぱさがぎゅっと凝縮された味が口の中に広がった。氷の涼やかな冷たさが酸っぱさと混ざりあって、ラッカだけを食べるのとはまた違う味わいだ。
「んー!」
「どうですかァ?」
「酸っぱい! でもおいしい!」
「いいですネェ」
私はきゅっと口をすぼめながら、フラシェスの刺さった棒をアレンさんに渡す。残りをかじると、アレンさんもきゅっと口をすぼめた。
「おォ……これはァ、なかなかァ」
「ねー」
そうこうしていたら、汽笛が鳴った。出港時間が近付いたことを知らせるものだ。
「行きまショウ」
「はーい」
私たちはおしりの砂ぼこりを払って立ち上がる。乗船口でチケットを切って、船に乗り込んだ。
「うわ、なんかゆらゆらする」
「エスターは船は初めてですかァ?」
「うん」
「酔わないように祈るしかありませんネェ」
そっか、そういう心配もあるんだった。酔っちゃったら魔物退治ができないから、本当に祈るしかない。
「お、外周席仲間か?」
「こ、こんにちは」
いかにも闘士のお兄さんに声をかけられて、私はぺこりと会釈をする。すごい筋肉だ。パーティメンバーの魔法士らしきお姉さんが闘士のお兄さんの後ろからひらひらと手を振ってきた。
「ここらの魔物は結構強いらしいから、連携頼むぜ」
「……はい!」
頑張ろう。お兄さんの言葉でそう決意したところで、出港の汽笛が鳴った。
エスター財布:253ユール09セッタ
エスター口座:14,538ユール50セッタ
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