079 「浄化水門」

ウォーレン歴9年 陽春の月20日 昼




 クィドの町の冒険者ギルドに正式に依頼がいって、さらに増えた人数で【浄化】をため池に放り込み始めてからしばらく経った。


 ベインは少しずつ浄化されてるみたいだけど、やっぱりこれ全部を浄化しきるのはなかなか難しいみたいで、ひとりまたひとりと魔力切れでへなへなと地面に腰を下ろしていく。


 私はとりあえず「魔力瓶」でそういう人の応援に回っていた。でも使いすぎると私の魔力もなくなっちゃうんだよなあ……。


 なんていうか、全員がすごく消耗する状況だ。浄化魔法は生み出す魔法じゃなくて取り去る魔法だから、たとえるなら【消火】と同じように魔力の消費量が大きい。そのせいもあるんだと思う。


 アレンさんはといえば、行商用の布を地面に敷いて、どこから持ってきたのかという数の本を広げて、その真ん中でがりがり回路を描いている。


 回路を描いているということは、魔術道具を作ろうとしているということだ。魔術道具が完成したら、私も後方支援じゃなくてみんなと一緒に浄化のほうに回れるのかな?


「おーいお嬢ちゃん、こっちにポーションもらえるか?」


「あ、いいですよー」


 私はかけられた声に返事をして、アレンさんをもう一度ちらっと見てからそっちへ向かう。


「お嬢ちゃんはポーションを分けてくれるのはわかるが、あっちの兄ちゃんはなにをしてるんだ?」


 くたびれた風情のおじさんは、「魔力瓶」からポーションを飲みながら小首をかしげる。


「詠唱じゃなくて動作で発動する『魔術道具』っていうのがあるんですけど、たとえばこの瓶とか」


「ふむ」


「これは私が持つと魔力がポーションに変換されて溜まる瓶なんですね」


「ほう」


「アレンさんはこういうのを作るのが得意なので、きっと【浄化】に対応する魔術道具を考えているんだと思います」


「ふーん? よくわからねえが、協力する気があってくれるのは助かるな」


「活躍してみせますから、もう少し待っててくださいね!」


「あいよ。……んじゃ、俺ももうひと頑張りしますかね」


 ポーションを飲み終わったおじさんが「魔力瓶」を返してくる。私はそれを受け取って、肩を回しながらため池のほうに向かうおじさんを見送った。


 アレンさんのところに戻ると、アレンさんが回路を描く手を止めていた。もしかして……?


「アレンさん、できたの?」


「フッフッフ、できましたヨォ」


「やった!」


 これで私もみんなに協力できる!


 アレンさんは広げていた本や布を木箱に片付けると、ため池……じゃなくてその少し下の水門のほうに向かって歩き出す。


 なんか思ってたのと違うけど、アレンさんのことだからなにか考えがあるんだろう。


 水門に着くと、ため池の様子をうかがっている管理人さんが立っている。


「おふたりはどうかされたんですか?」


「今からこの水門を魔術道具に改造しようと思うのですがァ」


「魔術道具?」


「魔力を込めて特殊な効果を発揮させる道具のことですネェ」


「はあ」


「よろしいですかァ?」


 管理人さんは少し考えるようにした。


「それで今の状況が打開できるんですか?」


「十中八九できますネェ」


「それじゃあ、お願いします」


 管理人さんがそう言うと、アレンさんは早速金属の杖で回路をなぞり始める。紙がぽわぽわ光って、アレンさんの額には汗が浮かぶ。


 回路を水門に吸い込ませると、アレンさんはへなへなと地面に座り込んでしまった。


「アレンさん?」


「疲れただけですのでェ、大丈夫ですヨォ」


 それだけ大がかりな魔術道具なのだろうか。なんだか緊張してきた。


「それじゃあエスター、水門を触ってみてくださいィ」


「触るだけでいいの?」


「エスターですからネェ。それでいけるはずですヨォ」


 私だから、というのは魔力が大きいからという意味だろうか。それはさておき、アレンさんがさっき回路を吸い込ませたあたりに手を当ててみる。


 ぶわ、と水門が光を放ち始めた。まだ真昼間の春の陽光に負けないくらいの光だ。


「うわあ!?」


 管理人さんが驚いたように声を上げる。私もちょっとびっくりしていた。


 魔術道具を使うときは光ることが多いけど、これは浄化魔法、つまり光魔法の魔術道具だからか、いつもより光り方が派手だ。


「ではァ、水門を開けてみてくださいィ」


「え?」


「水門を通るときに浄化された水が出てくるようになっていますヨォ」


「本当か?」


「嘘は言いまセン」


 管理人さんがおそるおそる水門を開く。ちょろちょろと流れ出してきた水は、綺麗な透明だ。


 アレンさんの魔術道具、大成功!




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