078 クィドのため池

ウォーレン歴9年 陽春の月20日 朝




 翌日の朝。私とアレンさんは眠い目をこすりながら朝食を食べ、掲示板広場に向かった。


 魔法をいっぱい使って疲れていても、宿代はかかる。私もアレンさんも動けないほどへとへとってわけでもないから、予定通り依頼をひとつ探してこなそうという計画だ。


 掲示板広場に着いてみると、人はまばらにいる程度。昨夜魔力をたくさん使ったばっかりだから、みんな休んでいるんだろう。


「この感じだと、いい依頼がみつけやすそうだね」


「そうですネェ」


 そんなことを話しながら、アレンさんと掲示板を眺める。サイエの町からずっともやもやしているのは変わらないけど、仕事は仕事。きちんとやらないとね。


「あ、アレンさん。あそこの――」


「――大変だ!」


 私が依頼を指さしかけたとき、掲示板広場に――正確には冒険者ギルドに、かも――男の人が駆け込んできた。


 まばらなりにそれなりにいる人々の注目を浴びたその人は、ぜいぜいと肩で息をしていたのを整えて、町の外側を指さした。


「ため池が大変なことになってるんだ! 光魔法が得意な奴――いやこの際誰でもいい、手が空いてる人は来てくれ!」


 言うなりその人はまた走り去ってしまう。私はアレンさんと顔を見合わせた。


「どうする、アレンさん?」


「ひとまず行ってみてェ、協力できそうだったらそのまま協力するのはどうですかァ?」


「そうだね、そうしよっか」


 他にも何人かさっきの人の後を追おうと動き出した人たちにまぎれて、私たちも町の外に向かう。


 門を出て、畑が広がる坂の上に登っていくと、大きなため池に出た。


 広くてなみなみと水をたたえているそこから用水路が伸びているけど、今は水門が閉じていて水が通っていない。


 ケミスの町にはなかった光景に私がぽかんとすると、アレンさんが解説してくれた。


「クィドの町は街道沿いを流れている川が蛇行して少し遠くにあるのでェ、こうして水を溜めておいて使うんですヨォ」


「……アレンさん、ほんといろいろ詳しいよね……」


「それほどでもォ」


 話しながらため池のふちまで行くと、「大変なこと」の正体がわかる。


 普通なら澄んだ水が溜まっているだろうため池に、影のようなもやが溶けて暗く濁っているのだ。


「これは……」


 誰からともなく呟きが漏れる。ため池の管理人かなにかだろうさっきの男の人が悲痛な声をあげた。


「昨日の魔物の【死気】ベインが流れ込んでこんなに濁っちまったんだ! これじゃあ畑に水を流せない……!」


 ベインは魔物が死ぬときに出る灰のような魔力の残りかすで、人間や普通の動植物には毒になる。


 こんなに真っ暗になるくらいベインの入った水を用水路に流したら、畑なんて全滅してしまうだろう。


 かといって自然にベインが蒸発していくのを待っていたら、たぶんこの調子だとやっぱり畑に大打撃がいくのは想像に難くなかった。


「つまりィ、これを浄化してほしいということですネェ」


 アレンさんが納得したように呟く。それはみんなわかってると思うけど……。


「アレンさん、それ簡単に言うけど……この量を浄化するのって相当大変そうじゃない?」


「そうでショウ。今の人数でどうにかできるといいのですがァ」


 管理人の男の人が集まった人たちに頼んで回っているけど、みんなこれは無茶だろ、みたいな反応だ。


 私も魔力はあるけど、浄化系の魔術道具はまだ作ってもらってないからなあ……。


 協力したいけど難しい、そんな状況をみんなが歯がゆく思っているなか、アレンさんだけがなにかを考えるようにじいっとため池を見つめていた。




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