076 期間限定?

ウォーレン歴9年 陽春の月18日 朝




 寝るに寝られない夜を悶々と過ごして、礼拝でちょっとうつらうつらしかけて、お金を下ろして、朝食。


 絶不調の私とは違って、アレンさんの様子はいたって普通だ。昨日の夜のこと、なんにも気にならないのだろうか。


 最初からわかってたって言ってたし、気にして……ないのかなあ……。


「エスター?」


 もの思いにふけっていた私を引き戻したのは、アレンさんの声だった。サラダをフォークに刺したまま固まっていたらしい私の目の前で手をひらひら振っている。


「あ、えっと、なに?」


「なに、じゃありませんヨォ。さっきからぼーっとしっぱなしでェ、どうかされたんですかァ?」


「どうかしたというか……うーん」


 むしろここは普通すぎるアレンさんのほうがどうかしたんじゃないかと思わなくもない。でも、なんだかそれを言うのははばかられた。


「……なんでもない、ちょっと寝不足なだけ」


「そうですかァ? それならいいのですがァ」


 アレンさんはそれだけ言うと、パンをちぎって食べるほうに意識を戻してしまう。私もサラダの葉っぱがちぎれて落ちる前に口に運んだ。


 言葉少なに朝食を終えて、私とアレンさんは今日はサイエの町の掲示板広場に移動した。レジューム地方に入ると物価が上がるので、宿代の足しにする依頼を探すためだ。


「さてェ、どんな依頼があるでしょうかネェ?」


「うん……」


 私の気のない返事を元気がないというふうに受け取ったのか、アレンさんはちょっと私の顔を覗き込むようにした。


「エスターは寝不足ということでしたからァ、簡単なものにしまショウ」


「え、いいよそんな気を遣わなくても」


 はっとして首を横に振ると、アレンさんは掲示板のほうを指さした。


「とにかくゥ、まずは依頼を探しますヨォ」


「はーい……」


 アレンさんはいつも通りの足取りで掲示板めがけて歩き去ってしまう。私はなんとなく足が重い自分を自覚していた。もちろん原因は体調不良じゃない。


「このコンビも、期間限定ってこと、だよね……」


 呟いた声はアレンさんに届かない。アレンさんとのコンビは、私が詠唱魔法を使えるようになるまでの、期間限定のもの。


 言われてみればその通りだけど、それは嫌だなって思う自分もいて、頭の中がごちゃごちゃだ。


「だってなんかそんなの、さみしいじゃん……」


 ため息まじりに呟いた、この言葉が、今の私の気持ちの全部だった。




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