074 サイエの宿にて
ウォーレン歴9年 陽春の月17日 夜
ひととおり商店街を巡り終わって、日も沈んだ頃、私とアレンさんはサイエの町の食堂に入った。
いつものように料理を注文しようと料理名の一覧を見ると、見たことのない名前の料理がいくつか並んでいる。これももしかして……。
「これとかこれって、レジューム地方の料理?」
「ご明察ゥ。そうですヨォ、コチラは魚の煮つけ、コチラは葉物野菜の揚げ物といったところでしょうかネェ」
「へええ……」
なんかちょっと、興味がわいてきた。ためしに葉物野菜の揚げ物のほうを頼んで、ほかの小鉢やパンなんかを取っていくと、お待ち、と揚げ物のお皿がトレイに乗せられた。
根菜の揚げたのなら見たことあるけど、葉物っていうのは新鮮だ。どんな味がするんだろう。
お金を払って、適当な席を探す。アレンさんと顔を見合わせて、ちょっと端のほうの席に座った。
「あ、アレンさんは魚の煮つけにしたんだ」
「エスター、興味あるでショウ?」
「そ、それは……ある、けど」
アレンさんは小さく笑う。私は恥ずかしくなって、ささっと食前の祈りを唱えた。
食べ始めて少し、私は思い切って葉物の揚げ物をかじってみる。ぱりっと砕けるように割れて、炒めたのとはまた違う、油っこい甘みと野菜そのものの苦みっぽい味が絡まって舌の上に広がった。
「んー……」
「どうですかァ?」
アレンさんが顔を覗き込んできたので、私は苦笑して小首を傾げてみせた。
「なんか、ぱりぱりしてて面白いんだけど、味はあんまり好みじゃないかも」
「まァ、好き嫌いの別れる食べ物ではありますネェ」
「そうなんだ……」
私は思わずちらっとアレンさんがつついている魚の煮つけのほうを見てしまう。アレンさんが視線に気付いて小さく笑った。
「食べてみますかァ?」
「……ひと口だけ」
「ハイ、どうぞォ」
アレンさんはひと口ぶんだけ魚を切り取って、私のお皿に乗せてくれる。私はこれも好みじゃなかったらどうしよう、と思いながらぱくりとそれを口に入れた。
「……なんかこう、じゅわって出てきたのはなんだろう」
「レジューム地方の調味料に、食材によく染みるのがあるんですヨォ。おいしいですかァ?」
「うん、こっちはまあまあおいしいかな」
地方によって料理にこんなに差があるなんて思わなかった。感心しながら食事を続けていると、ふとアレンさんが手を止めた。
「エスター、ところで昨夜はやはり眠りにくかったですかァ?」
「え?」
「今日は何度もあくびをしていたでショウ」
「あ、えーっと」
それは野宿の緊張が半分と、魔術道具のことでもやもやしていたのが半分だから、なんとも答えにくい。
私がもごもごしていると、アレンさんはパンをちぎりながら心配そうに先を続けた。
「なにはともあれェ、お疲れのようですからァ、今晩はゆっくり寝るんですヨォ」
「はーい……」
と返事をしたものの。アレンさんと別れて入った宿の一人部屋の中で、私は昨夜から出たり引っ込んだりするもやもやと格闘していた。
詠唱魔法が使えるようになったら、魔術道具は必要ない。
私の場合魔力が多いわけだから、アレンさんみたいに普段は魔術道具で肝心なところだけ詠唱魔法にするとかいう使い分けも、必要ない。
ベッドに転がりながら、私はちっとも眠れずにもやもやを反芻する。
魔術道具が必要ないということは、アレンさんとのコンビも意味がなくなってしまう。
アレンさんが魔術道具を作って、私がその魔術道具で魔法を使う。そもそも私が詠唱魔法が使えるようになってしまったら、今のやり方が崩れてしまうからだ。
「……アレンさんは、どう思ってるんだろう」
私はすっかり夜も更けた部屋の中でむくりと起き上がった。
コンビ関係のことをひとりで考えても、不毛なだけだ。ちゃんと相手の意見も聞かなくちゃ。
アレンさんは夜更かしをして魔術道具を作っていることも多いし、ちょっとためしに部屋まで行ってみよう。それで寝てたら、また別の機会に聞けばいい。
私はベッドから降りて、部屋の「光球ガラス」を消す。部屋から出て、アレンさんの泊まっている部屋へ向かった。
コンコン、と軽く戸を叩く。寝ている人もいるだろうから、小さく声をかけた。
「アレンさーん……」
ごそごそ、とか。どさどさ、とか。お決まりの音が中から聞こえてきて、そのうちにゆっくり戸が開いた。
「どうしたんですかァ、エスター?」
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