第七章 コンビ解消の危機?

073 交易のまち

ウォーレン歴9年 陽春の月17日 夕方




 野宿した野営地から1日歩いて、私たちは無事王都のあるレジューム地方最初の町、サイエの町に到着した。


「ふわぁ……」


 昨日うまく寝つけなかった私は思わずあくびをしてしまう。アレンさんが隣で身分証を見せながらふふっと笑った。


「眠そうですがァ、この町を見たらきっと吹き飛んでしまいますヨォ」


「ふぇ?」


 そんな話をしつつ門を通り越して、私たちはサイエの町に入る。目に入ったのは、たくさんの人と、たくさんの馬車と、たくさんのお店。


「すごい……!」


 私の住んでいたケミスの町も商店街が中心になった町だったけど、このサイエの町の規模はケタ違いだ。


 お店の呼び込みの声が賑やかで、馬のいななきや人のざわめきが町をさらに活気づかせている。


「ここはニーグィ地方とレジューム地方の境目ですからァ、各地の名産品などいろいろな物が集まってくるのですヨォ」


「へええ……」


 町の活気にあてられて、たしかにちょっと眠気が飛んだ。そんな私を振り返ったアレンさんは商店街のほうを指さす。


「せっかくなのでェ、店を見て歩きませんかァ?」


「いいね!」


 私はアレンさんにたたっと小走りで追い付いて、そのままふたり並んで商店街へ足を踏み入れた。


 ちょっと澄ました感じだったケミスの町の商店街と違って、サイエの町の商店街は、もっと賑やかで雑多な雰囲気がある。


 ケミスの町でいうところの露店街がもっともっと大きくなって、建物とかもしっかりあるようになったらこんな感じかも。


 商店が並んでいる間に突然隊商の馬車が停まっていて商いを開いていたり、とにかく目に飛び込んでくる情報量がすごい。


 あちこちのお店から食べ歩きできるおそうざいやおやつの香りも漂ってきていて、歩きっぱなしで疲れた体にはちょっとけっこうかなり誘惑だ。


「エスターの好きそうな紅茶のお店がありますネェ」


 アレンさんの声で、ふわふわしていた私の意識は目の前に戻ってくる。私は思わずきょろきょろとあたりを見回した。


「え、どこ?」


「あれですゥ」


「うわぁ、ほんとだ……」


 アレンさんが指さしたのはこぢんまりとした茶葉屋さんだった。店先に出ている金属の看板は楕円の周りを木の葉が囲むようなデザインで、もうどう考えてもオシャレ。


「ちょっと見ていきますかァ?」


「……誘惑に勝てる気がしないのでやめておきまーす……」


「ハァイ」


 アレンさんがくすりと笑う。私も苦笑いで返した。止めていた足を動かしてまた歩き始めると、今度はアレンさんがひとつの出店に吸い寄せられていった。


「細工小物ですかァ。魔術道具の材料にできそうですネェ……?」


 アレンさんの後ろからのぞきこむと、その出店は生活雑貨を少し使いやすいように工夫したような小物を並べているようだった。


 魔術道具の材料、と聞いて少しドキッとしたのを隠しつつ、私はアレンさんの隣に並ぶ。


「なにか、買うの?」


「今日はとりあえず見るだけにしてェ、じっくり考えてから買いにこようかとォ」


「そっか」


 アレンさんは楽しそうにゆらゆらしていて、どれをどんな魔術道具にしようか、きっともう頭の中で想像が膨らんでいるに違いない。


 ……詠唱魔法が使えるようになったら、魔術道具は必要ない、のに。


 まだ言えていない言葉をやっぱり飲み込んで、私はそのあともアレンさんと一緒に商店街巡りをした。


 アレンさんがいきいきしてて私も楽しかったけど、だからこそ、このあとどうなっちゃうんだろう、というもやもやした気持ちはつのっていくばかりだった。




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