064 一歩前進!

ウォーレン歴9年 陽春の月8日 夕方




 ギルドに報告を終えて、ペギーさんとメグさんと別れて、私たちはクリスさんの診療所に戻ってきていた。


 また診察室に案内されて、向かい合って椅子に座る。


「道中お話しした『魔力回路』について簡単に話しますね」


「よろしくお願いします」


 クリスさんは紙とペンを取り出して、簡単な人の絵を描いた。


「人間の身体の中には、魔法を使う際に魔力を身体の内側から外側へ放出するための通路があります」


 そう言いながら、クリスさんは心臓のあたりに丸を描いて、そこから手や足や口元なんかに線を繋げていく。


「真ん中の円が魔力が溜まっている場所だとすると、この手足に繋がっている線がその通路、つまり『魔力回路』にあたります。今回エスターさんは主に手を使っていたので、このあたりに魔力の流れがあったわけです」


 とんとん、とペンで丸と手先を繋ぐ線をつつくクリスさん。私は図をじっと見つめながら話の続きを待つ。


「この『魔術回路』には、魔法を使っていないときにも魔力が満ちているのが通常の状態です」


「ふむふむ」


「ですがエスターさんの場合、実際に魔法を使う瞬間にしか『魔力回路』に魔力反応がなかったんですね。間欠泉のよう、というと少しわかりやすいでしょうか」


 クリスさんは考えるように腕を組んだ。


「そのあたりに不調があるだろう、というところまではわかるんですがね。いかんせん、こういうタイプの人を診たことがないので、どう対処していいのか正直わからなくて」


「そうですか……」


 うっかりここで治療ができちゃうかも、というのはさすがに甘い期待だったらしい。


 私の落ち込んだ声に申し訳なさそうに苦笑したクリスさんは、壁に並んだ引き出しから書類を出してきて書き込み始めた。


「まあでも不調がどこにあるのかはだいたいつかめたわけですから、王都で『魔力回路』専門の医師を探せばきっと治すことができるでしょう。私から改めて、王都の医師協会に使える紹介状を書いておきますよ」


「ありがとうございます!」


 クリスさんはさらさらと書類を埋めていく。インクが乾くのを待ってから、折って封筒に入れて渡してくれた。


 「王都医師協会宛」って書いてある……。す、すごい。


 私がいそいそと紹介状をウエストポーチにしまうのを見ると、クリスさんはひとつ息を吐いた。


「私にできることはこのくらいかな」


「いえ、あの、ありがとうございました。お代は……」


「ろくに治療もできなかったわけだし、かまいませんよ」


 苦笑いするクリスさん。でも、私のせいで今日ほぼ1日臨時休診だったわけだし、お代を払わないわけにはいかないと思う。


「いや、そういうわけには」


「じゃあその紹介状代だけいただこうかな。25ユールです」


「は、はい」


 正式な書類だからお値段もそれなりだ。しっかり数えて25ユールを渡すと、クリスさんはありがとう、と微笑んだ。


「それじゃあ、今日はここまでですね。道中気を付けて」


「ありがとうございました!」


 診察室を出ると、アレンさんが待合室でぼんやりしていた。私が声をかけるより先にこっちに気付く。


「あァ、エスター。診察はどうでしたァ?」


「『魔力回路』っていうのに不調があるっていうのはわかるんだけど、治療法がわからないから、王都の専門のお医者さんに診てもらったほうがいいって」


「そうですかァ。やはり王都まで行かないと治療できないものなのですネェ、厄介なことでェ」


「でも紹介状を書いてもらったから、きっとなんとかなるよ」


「そうですネェ」


 アレンさんが椅子から立ち上がる。ふたりで診療所を出た。


 あれ? 「回路」といえば……。


「ねえ、アレンさん」


「はいィ?」


「アレンさんが魔術道具を作るときにも『回路』っていうけど、『魔力回路』となにか関係があったりするの?」


 アレンさんが少し上を向いて、片手でわしゃわしゃと前髪をかきまぜた。


「うーむゥ。『魔力回路』は身体の内側と外側を繋ぐものでェ、魔術道具の『回路』は魔力と魔法の橋渡しをするものの意味なのでェ……若干意味合いが違うような気もしますがァ、よくわからないですネェ」


「ふーん……」


 私はクリスさんとアレンさんの言葉を嚙み砕きながらイスの町を歩く。アレンさんもなにかを考えている様子だ。


 わからないことが多いけど、なにがわかってなにがわからないのかは、少しは整理されたような気がする。


 治療まではいかなかったけど……うん、一歩前進、できたよね!




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