第六章 詠唱魔法あれこれ

061 クラウドの実家

ウォーレン歴9年 陽春の月8日 朝




 イスの町の宿で一晩を過ごした私とアレンさんは、今日は手描きの地図を片手に診療所を探していた。


 なんでも、クラウドさんの実家がイスの町で、今はクラウドさんのお兄さんがお医者さんをやっているはず、ということらしい。


 王都の医者には劣るだろうが、なにか詳しいことが少しでもわかっていたほうがいいだろう、と言って、地図と一緒に紹介状まで書いてもらってしまったのだった。


 そこまでしてもらってしまったら、行かないわけにはいかない。もしうっかり治せたとしたら、王都まで無理して行く必要もなくなるし。


 ドキドキしている私と、こころなしか口数が少ない気がするアレンさんと、ふたりでクラウドさんの達筆な字を見ながら診療所への道を進む。


 着いたのは、パッと見診療所には見えないこぢんまりした普通の家だった。でも一応診療所の看板は出てるし、ドアベルも大きめだし、たぶんここだろう。たぶん。


 おそるおそるドアベルを鳴らすと、がらんがらんと大きな音が鳴る。少しして、短く刈り上げた金髪の男の人がドアを開けて顔を出した。


「うちの診療所にご用かな?」


「あ、えっと、はい、クラウドさんの紹介で」


 男の人は薄茶の目を丸くする。次いで、朗らかな笑みを浮かべた。


「クラウドの紹介なんて珍しい。兄のクリスです、どうぞ入って」


「ありがとうございます」


 招き入れるように開けられたドアの中にお邪魔する。アレンさんも小さくお邪魔しますゥと言って後ろからついてきた。……人見知りでもしてるのかな?


 クリスさんがドアを閉めて、待合室らしいところのソファを手で示す。私たちが座ったのの向かい側に、クリスさんが浅く腰かけた。


「さて、じゃあまずは君たちのことを少し聞かせてもらおうかな」


「えっと、ケミスの町から来たエスターです。こっちはアレンさん」


 アレンさんはぺこりと会釈をする。口数がここまできても少ない。変なの。


「クラウドさんには私がケミスの町でいろいろお世話になってて、ここを紹介してもらったんです」


「じゃあ今回の患者さんはエスターさんということだね」


「はい。あ、クラウドさんに紹介状書いてもらったんです」


 私は今日大事にウエストポーチに入れてきた紹介状を取り出してクリスさんに渡す。


 微笑みながらそれを受け取ったクリスさんだけど、開封して中を読むうちになんだか険しい顔になってきた。


「えっと、なにか……?」


 思わず訊ねてしまうと、クリスさんはハッとしたように表情を緩める。


「ああ、いや、すみませんね。クラウドもいろいろ薬を作ってみたけど、効果はなかったと」


「そうなんですよね……」


 それじゃあ、とクリスさんが席を立った。


「診察に入りましょうか、診てみないとわからないこともあるかもしれないからね」


「はい、よろしくお願いします」


 頷いて立ち上がった私に、アレンさんはひらひらと手を振る。


「いってらっしゃいィ」


「いってきます……?」


 てっきりこういうのに興味があってついてくるって言うかもって思ってたのに、意外。


 そんなことは知らずに診察室に歩き始めたクリスさんを、私は慌てて追いかけた。


 診察室に入ってクリスさんが取り出してきたのは、ケミスの町の診療所でも見たことのある、魔力を測定する器具だ。


 ぱっと見はしおれた風船みたいなその紐の先を持つと、その人の魔力の大きさに応じて風船が膨らむという、見た目的にすごくわかりやすい器具で、たぶんこれも魔術道具のひとつなんだろう。


「クラウドの手紙に一番強度の強いのを使えと書いてあったから、これでいいかと思うんだけど。早速持ってみてくれますか」


「はい」


 小さい頃、初めてこの器具を使ったときに、許容量を余裕で超えて破裂させてしまった話は、実家での笑い話のひとつだけど。私は少しだけ緊張しながら紐の先を持った。


 ぶわ、と一気に風船が膨らんで浮かび上がる。天井からクリスさんのあごの下くらいまでまるまると膨らんだ風船が、とりあえず割れる様子はなくて、ちょっとほっとした。


 一方のクリスさんは目を丸くして風船を見ている。


「いやあ……たしかにこれはうちにあるのだとこの強度のやつじゃないと割れるなあ」


「あ、あはは……」


「たしかにすごい量の魔力ですね。あ、もう離していいですよ」


「はい」


 紐をそっと離してクリスさんに返す。作業台に置かれると、すん、とあっという間に風船がしぼんだ。


「それじゃあいくつか魔法で診察していきますけど、自然体にしていてくださいね」


「わかりました」


 それから診察用であろう聞いたことのない詠唱をいくつかかけられて、そのたびに光の粒がチラチラ舞ったり、あるときはクリスさんのペンが勝手に紙に文字を書きつけたり、いろいろなことが起こった。


 ひととおりの詠唱を唱え終わったっぽいクリスさんは、書きつけのある紙を見たりしながら、深く考え込むように腕を組んだ。私も下手に邪魔するのはよくないと思って黙って待つ。


「……魔術道具は、使えるんですね?」


「えっと、使えるのと暴走しちゃうのとありますけど」


 アレンさんと出会った時の「火打石」とかギルドで使った「契約ペン」のことを思い出しながら言うと、クリスさんの顔がよけいに険しくなる。


「ふむ……」


 また考え込み始めてしまったクリスさんをハラハラしながら見守っていたら、そうだ、とクリスさんが顔を上げた。


「ひとつ、実際に魔術道具で魔法を使っているところを見せていただけませんか?」


「え?」




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