060 陽気と元気!

ウォーレン歴9年 陽春の月7日 朝




 朝食の時間が過ぎて、それぞれロッジの人にお会計を済ませて、私たち旅人はロッジを出た。


 旅芸人の一座はこれからヴィオの町の方向に向かうみたいで、ロッジの前でわちゃわちゃと集まって準備をしていた私たちに、華麗に一礼して去っていった。


「さてェ、エスター」


「はーい」


 呼ばれて振り返ると、アレンさんが木箱から「身軽靴」と言っていた木靴を取り出す。


「早速履いてみてくださいィ」


「楽しみにしてたんだよね」


「フフフ」


 私はブーツの紐をほどいて、「身軽靴」に履き替える。ふわっと身体が軽くなったような感じがした。魔術道具の効果……かな?


「もともと履いてたほうの靴は?」


「ここにしまっておきましょうネェ」


 もともと「身軽靴」が入っていた木箱の引き出しに、アレンさんが私のブーツを収納する。


 私は軽く足踏みしてみた。特に変なことは起こらない。


「アレンさん、これ、普通の靴って感じだけど……?」


「足の筋肉痛はどうですかァ?」


「へ?」


 言われて初めて、私は朝食の間もじんじんしていた足の筋肉痛や、なんとなく重かった身体のだるさが、いつの間にかすっかりないことに気付く。


「……痛くない……」


 呟いたら、アレンさんが得意げに胸を張った。


「それが『身軽靴』の効果ですヨォ。魔力を消費して体力を補ってくれるのデス」


「すごい!」


「まァ履いている間中魔力を消費するのでェ、次のイスの町に着いたらしっかり休まないといけませんけどネェ」


「だってそこはほら、」


「魔力がたくさんあるから」


 声がかぶって、私とアレンさんはくすくす笑う。アレンさんが木箱をしょった。


「これならきっと下山も楽にできますヨォ」


「ありがとう、アレンさん」


「いえいえェ」


 そんなこんなで、私たちもロッジを出発して、南東方向に下山して次のイスの町に向かう道を歩き始めた。


 もちろん山のこっち側も、花が咲きたい放題だ。アサクの花びらがひらひら落ちてくると、私は昨日の夜のことを思い出す。


「ねえ知ってる? アサクの花が咲く頃に~」


 思わず口ずさんだら、アレンさんが隣でぷっと小さく笑った。


「気にいったんですネェ」


「だって、楽しかったもん。……音痴なのはもう突っ込まないでね」


「おっとォ、封じられてしまいましたァ」


「もう、アレンさんの意地悪!」


 そんな他愛もない会話をしながら、思ったより整っている下山道を歩く。


 ふと、高いアサクやイズクラフの木々が途切れて、遠景が見渡せる場所に出た。私は思わず足を止める。


 広い広い春の地平が、そこに広がっていた。


 少し向こうに見える四角いレンガの建物たちがイスの町で、その先にも街道が続いていて、地平線のあたりにまた町っぽいのが見えている。


 町の周りには整備された畑や用水路やなんかが小さく見えていて、さらにその周りを青々とした草原が囲んでいる。


「うわぁ……」


 思わず声を上げた私の横で、アレンさんも立ち止まる。


「ここの景色はなかなかいいですよネェ」


「うん、すっごくきれい」


 アレンさんの顔を横目に見上げると、嬉しそうに口角が上がっている。アレンさんも一緒にきれいだなって思ってくれてたらいいな。


 私の視線に気付いたのか、アレンさんが私のほうに顔を向けた。


「その後『身軽靴』はどうですかァ?」


「いい感じ。魔力の使いすぎもないみたいだし」


「それはなによりでェ。では、この調子でどんどん進みまショウ」


「はーい」


 私はもう一度、この色鮮やかな景色を目に焼き付けて、歩き出した。


 山を完全に下りた頃には空が少しだけ赤らんできていて、そこから先は平坦な街道を歩くみたい。


「アレンさん、靴、履き替えたほうがいいかなあ」


「疲労が一気にきますヨォ、町に着くまでそのままでいきまショウ」


「そういうものなんだ……わかった」


 というわけで、そのまま「身軽靴」を履いて街道を歩く。一緒にロッジに泊まっていた人たちも近くを歩いているから、なんとなく親近感がわいた。


 そして、夕陽が空を真っ赤にする頃、街道を歩ききった私たちは無事にイスの町の門をくぐったのだった。




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