058 花の精のダンス

ウォーレン歴9年 陽春の月6日 夜




 山頂のロッジは1階が受付と食堂で、2階が宿泊部屋になっているらしい。


 予想通り2人部屋を割り当てられた私たちは、荷物を部屋に置いて1階に下りた。食堂のほうが、なにやらわいわいとにぎやかだ。


 はて、と顔を見合わせて食堂に入ると、けっこう広い食堂の端のほうで、旅芸人の人たちがテーブルをよけたりして出し物の準備をしているようだった。


「なにか芸とか見られるかなあ」


「かもしれませんネェ」


 私たちは食堂のカウンターで料理を注文して、席を探す。自然と旅芸人の人たちのいるあたりを目が泳いだ。


 近すぎず遠すぎず、よく見えそうな位置に陣取って、私たちは食事を始める。


「なにするんだろう?」


「広さから見て劇とかはできませんからァ、歌とかを披露してくださるのかもしれませんネェ」


「楽しみだなぁ」


 食堂にほとんどの人が集まって、私たちのトレイの中身が半分くらいになった頃。ぽろん、と弦楽器の音が鳴って、食堂中の視線が旅芸人の人たちに集まった。


「お集まりの皆々様、春の山の旅路はいかがでしたでしょうか――」


 座長らしきおじさんの口上が始まる。私はアレンさんとちらっと顔を見合わせて、残りの夕飯を急いで食べる。


 最初は春や花にまつわる歌を、きれいなドレスを着たお姉さんが弦楽器に合わせて歌った。みんな食事をしながら聞き惚れて、歌が終わるたびに拍手が起こる。


 もちろん私もアレンさんもそのひとりだ。食べたり拍手したり忙しいけど、それも楽しい。


 そして、だいたいみんな食事を食べ終わった頃合いに、ぼぼん、と打楽器の音が鳴った。また座長のおじさんが前に進み出てくる。


「旅にお疲れの方もいらっしゃいますでしょうが、花の精の祝福を受けて楽しみましょう」


 さっき歌っていたお姉さんは引っ込んで、もう少し年齢の低そうな、私と同い年か少し下くらいの女の子たちが、おそろいのひらひらしたワンピースをまとって出てくる。


「『花の精のダンス』です!」


「一緒に踊りましょう!」


 女の子たちが口々に宣言すると、ぼぼん、ぽろろん、打楽器と弦楽器で、楽しい曲調の音楽が流れ出す。


 女の子たちの手首と足首にはしゃらしゃら音が鳴る飾りがついていて、ステップを踏んだり手を叩いたりするたびに音が鳴る。


「ねえ知ってる? アサクの花が咲く頃に


 花の精が おりてくるんだって


 薄紅のヴェールをまとって 花と一緒に踊るの


 りりん、しゃん、りりん、しゃん」


 女の子たちが楽しげに歌いながら踊って、だんだんテーブルのほうに入ってくる。手拍子しながら見ていた人の何人かを誘うように手を取って、一緒に踊り出す。


 戸惑いながらも、引っ張り出された人はステップを教えてもらって、だんだん踊る姿がさまになってくる。食堂の中がさらに盛り上がった。


 楽しそうだなあ、とか思っていたら、ひとりの女の子が私の前にやってきた。


「え、私?」


 女の子はこくりと頷く。私は思わずアレンさんを振り返った。


「いってらっしゃいィ」


「え? え?」


 アレンさんのあまりにあっさりした対応に挙動不審になっていたら、女の子は私を引っ張り上げて立たせる。


 ととんととん、独特のテンポで足を踏みながら、私を舞台になっている場所まで連れていった。


 いろんな人が踊っている場所で、私も見よう見まねでステップを踏む。


 ととんととん、とん、ととんととん。


「踊ろう 踊ろ 一緒に踊ろ


 花の精と 一緒に踊ろ


 薄紅色の 祝福が降るよ


 りりん、しゃん、りりん、しゃん」


 あ、だんだんできる気がしてきた。慣れてくると、手拍子をはさむ余裕も生まれる。


 女の子たちと他の旅人さんたちと一緒に踊り続ける。ちらり、アレンさんのほうを見ると、ひらひらと手を振ってくれた。


 私は楽しくなってきて、思わず笑みがあふれた。


 しばらくして曲が終わり、みんなでお辞儀をする。わっと拍手が起こった。


 みんながチップを渡しに来る。私は入れ替わるように自分の席に戻った。


「楽しかったー!」


「よかったですヨォ」


「ありがとう、アレンさん」


 私は背もたれに引っかけてあったウエストポーチを探る。お財布を取り出した。


「チップを渡しに行くんですネェ」


「うん、楽しい思いさせてもらったし。アレンさんは?」


「私もいいものを見せてもらいましたのでェ、行きましょうかネェ」


 ふたりでそれぞれ小銭を持って、チップ入れに入れに行く。私を誘ってくれた女の子と目が合って、どちらからともなく微笑みあった。


 楽しい夜、だったなあ。




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