055 「浮遊靴」

ウォーレン歴9年 陽春の月5日 日中




 私とアレンさんは、今日は依頼を受けずに、また、ヴィオの町を旅立つこともせずに、ヴィオの町の近くにある雑木林に向かっていた。


 アレンさんが一晩で作ってくれた「捕獲縄・改」で昨日見た鳥の魔物を捕まえて、鐘の音じゃない音を覚えさせるためだ。


 雑木林に着くと、私は「魔力探知球」を取り出す。いつものガラス玉がふわっと浮いて、魔力の表示を始めた。


「まずは魔物を探すところからだよね」


「そうですネェ。縄張り争いをするような魔物ですからァ、昨日とそう変わらない所にいそうな気がしますゥ」


「じゃあけっこう奥の方だ」


「はいィ。他の魔物にも気をつけて進みまショウ」


 ちなみに今回鳥の魔物を倒さずに違う音を覚えさせようと言い出したのはアレンさん。


 「魔力探知球」の表示がそこそこ大きかったし、親鳥を倒すと雛鳥が一斉にこっちに向かってくるかもしれないから、穏便に済ませよう、という話だった。


 モーラと出会ってから、あんまり敵意のない魔物を倒すのはなんかやだなって私も思ってたし、ちょうどいいと思って、私もその作戦に乗ることにしたのだ。


 もちろん襲いかかってくるほうの魔物は「火打石」や「投種器」で迎え撃つ。鳥の魔物はおとなしくしてくれるといいんだけどな……。


 そうこうして日が高くなってきた頃、昨日鳥の魔物を見たあたりにたどり着く。


 耳をすませると、ちょっと離れたところから、りーん、ごーん、と昨日聞いた鐘の音が聞こえてきた。


「アレンさん!」


「いましたネェ」


 方角を見失わないように気をつけながら、音のする方に分け入る。少し進むと、最初に「魔力探知球」にたくさんの魔力反応がともった。


 あとはその方向に進むだけだ。私とアレンさんはゆっくりゆっくり進んでいった。


 とうとう、りーん、ごーん、と鳴く鳥の魔物が見えるところまで来て、アレンさんが木箱を前に背負い直した。たくさんある引き出しのひとつを引っ張り出す。


「それではエスターにはまずコチラをォ」


「『捕獲縄』だよね」


「はいィ。モーラのときより出力を抑えてありますからァ、何回か使えますヨォ」


 見た目は全然変わっていないように見える投げ縄の形をした「捕獲縄」を受け取る。それからァ、とアレンさんは木箱の別の引き出しを開けた。


「飛ぶ魔物に地面からでは不利ですのでェ、こんなものも作ってみましたヨォ。『浮遊靴』ですゥ」


 地面に置かれた「浮遊靴」は、これまたぱっと見は普通の木靴に見える。私がきょとんとしていると、アレンさんがさァ、とうながした。


「履いてみてくださいィ」


「はーい……?」


 私はとりあえずブーツを脱いで、おそるおそる木靴に履き替える。ぴったりだ。


「アレンさん……」


「はいィ?」


「なんで私の靴のサイズわかるの、えっち」


「ヒィッ!? いえあのォ、私ほどの職人になりますとォ、普通に見ただけでサイズ感がわかるのですネェ、ハイ」


「…………」


 わたわたするアレンさんを疑いの目で見ることしばし。私はまあいいや、と気持ちを切り替えた。


「えっと、履いたけどなにも起こらないよ?」


「アッハイ、階段を上るような気持ちで足を踏み出してみてくださいィ」


「こう……うわぁ?」


 ひょい、と足を上げたら、そのぶんふわっと体が持ち上がった。まさに階段を上ったような感じ。


「お、落っこちたりしない?」


「階段を下りるように足を踏み出すと下りられますヨォ。それ以外では下降しませんのでご安心をォ」


「なるほど……」


 とりあえず、突然落っこちる心配はないらしい。私はゆっくり足を踏み出していって、鳥の魔物のあたりの高さまで上った。


 でも、まだ「捕獲縄」をひっかけるにはずいぶん遠い距離だ。


「アレンさん、これもしかして歩けるの?」


「歩けますヨォ」


 鳥の魔物の方を見ながら質問すると、下の方からアレンさんの声が聞こえる。下は見ない……見ないぞ……。


 私は足を踏み出す。ほんとだ、歩ける。変な感じ。


 あとは鳥の魔物に近付いて、「捕獲縄」で捕まえるだけだ。よし、頑張ろう。


 私はじりじりする気持ちを抑えてそうっと空中を歩く。


 でも、さすがというかなんというか、ギリギリ「捕獲縄」が届くかどうかという距離で、鳥の魔物が威嚇するように翼を広げた。


 りーん、ごーん! りーん、ごーん!


 ……うん、音は大きいけど、なんかシュール。


 鳥の魔物はそのまま飛び立ってしまいそうだったので、私は慌てて「捕獲縄」を構えた。


 1、2、……それ!


 勢いよく投げた投げ縄の先はちょうど飛び立とうとした鳥の魔物の細い首にひっかかって、ビシビシと手を弾くような風圧が「捕獲縄」から伝わってくる。


 手を弾かれまいと踏ん張っていたら、少しして風圧が収まる。鳥の魔物も、威嚇する動作をやめてしゅんと木の枝につかまっている。


「成功……?」


 第一段階、鳥の魔物を捕まえるのは、なんとかうまくいったみたいだ。




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